第48話 静かな継承
例外回数は、一。
その数字は、静かに記録された。
誰も騒がない。
だが誰も忘れない。
三文明は、揺らぎを含んだまま安定した。
それから三年が過ぎた。
辺境領は穏やかだった。
時空震の残留歪みは、観測対象として管理されている。
例外条項は、その後二度だけ発動した。
いずれも小規模。
いずれも、適切。
例外回数は、三。
世界は壊れていない。
中央評議会の若手政策官が、報告書を閉じる。
「安定しています」
その声は、落ち着いていた。
「協定運用は良好。例外発動も想定範囲内」
黒髪を整えた青年は、静かに笑う。
「美しい制度だ」
レオニス・カーヴェル。
制度最適化官。
彼は、条文を愛していた。
「例外は危険だと?」
同僚が言う。
「ええ、そう言われています」
レオニスは頷く。
「だからこそ、数値化されている」
例外回数。
発動時間。
越境半径。
収束条件。
全てが記録され、可視化されている。
「制御可能です」
彼は淡々と続ける。
「危険とは、制御不能なものを指す」
窓の外、三文明の境界線が静かに光る。
「これは制御できる」
一方、辺境領。
レインは例外運用報告を読んでいた。
問題はない。
むしろ、理想的だ。
だが――。
「安定しすぎています」
セシリアが言う。
レインは頷いた。
「例外は、本来“揺らぎ”の証です」
「だが今は」
「管理項目になっている」
レオニスは、協定の運用改善案を提出する。
「例外発動プロセスを簡略化」
「予備承認制度の導入」
「想定外事象の分類細分化」
すべて合理的。
すべて合法。
「素晴らしい提案だ」
上官が頷く。
「協定は、成熟してきた」
レオニスは微笑む。
「未完成は、不安定です」
「不安定は、調整可能です」
その夜。
レインはノクス残骸圏の観測データを見つめる。
わずかな歪み。
消えない揺らぎ。
それは、管理されている。
だが、完全ではない。
「揺らぎは、管理するものではない」
レインは小さく呟く。
「共存するものだ」
中央評議会。
レオニスは、ある実験計画書に目を落とす。
「小規模魔力循環試験」
危険性は極小。
だが、条件を満たせば――。
想定外事象に分類される可能性。
例外条項、発動。
限定越境、許可。
彼は静かに書類を閉じる。
「試験です」
誰にともなく呟く。
「制度の強度を測る」
世界は、安定している。
協定は、機能している。
例外は、制御されている。
だが――。
揺らぎは、
制御された瞬間に、
意味を変える。
戦えない参謀の思想は、
今や制度となった。
制度は、運用される。
運用は、最適化される。
そして最適化は――
再び、揺らぎを削り始める。
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