第46話 揺らぎの証明
コレクティアの演算核は、常に静かだった。
数千万の個体意識が統合され、
誤差なく、迷いなく、最適解を出力する。
それが、この文明の強さだった。
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「例外発動後の文明存続率、再計算完了」
Σが告げる。
「変動値、許容範囲内」
論理は一貫している。
例外は、最適化の枠内。
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だが、その内部で、
微細な遅延が生じていた。
Δ(デルタ)。
「個体損耗率は減少した」
Σが続ける。
「だが、内部演算効率が〇・〇二%低下」
それは、誤差。
通常なら無視される。
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「誤差ではない」
Δの波形が、明確に分離する。
初めて、統合波形からわずかに逸脱する。
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「原因特定」
Σが冷静に分析する。
「例外条項承認過程における
判断遅延」
「遅延は、迷い」
Δが返す。
集合意識の中に、
“迷い”という概念が浮かぶ。
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「迷いは非効率」
Σは即座に定義する。
「非効率は排除対象」
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「排除すれば」
Δの波形が、さらに強まる。
「今回の例外は発動できなかった」
沈黙。
演算が一瞬止まる。
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「例外は、文明存続率を守った」
Δは続ける。
「完全最適化では、
予測不能事象に適応できない」
ノクス残骸圏のデータが、
内部記録に重なる。
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「不確定性の保持は、
生存確率を上げる可能性」
Σの演算が、分岐する。
可能性。
これまでのコレクティアは、
可能性を狭めてきた。
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一方、エルダ・リューム。
サエルとミラが対峙している。
「今回の判断は、正しかった」
サエルは言う。
「だが」
ミラは視線を逸らさない。
「未来予測の信頼度は低下しました」
百年予測の精度が、
わずかに揺らいでいる。
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「未来は、確定ではない」
ミラは続ける。
「ならば、
今の選択をもう少し重く扱うべきでは」
長命文明内部で、
時間軸の優先順位が揺らぐ。
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人類圏。
ガルドが、再び声を上げる。
「例外は成功した」
「ならば、次も躊躇う必要はない」
協定を拡大解釈する動き。
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辺境領。
レインは、三文明からの報告を同時に読む。
内部揺らぎ。
意見分裂。
最適解の微細な崩れ。
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「証明された」
彼は小さく呟く。
「揺らぎは、
弱さではない」
揺らぎは、余白。
余白は、適応。
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コレクティア内部。
Σが最終的に宣言する。
「Δの波形を排除しない」
統合を維持しながら、
微細な個体揺らぎを許容する。
それは、小さな革命だった。
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世界は、完全ではなくなった。
だが、
完全でないからこそ、
壊れなかった。




