第45話 越境の代償
限定越境は、成功した。
救助隊は三十秒で撤退し、
封鎖線は再び閉じた。
半透明化していた街区は、
ゆっくりと輪郭を取り戻す。
救われた命は、二百三十七。
失われた命は、四。
数字は、明確だった。
---
だが、沈黙は重かった。
---
人類圏内部会議。
「なぜ最初からやらなかった」
軍事強硬派ガルド=レイムが、机を叩く。
「封鎖など論外だ」
「協定が足枷になっている」
救助された都市の代表も、声を荒げる。
「三十秒で足りたのなら、
もっと延ばせたはずだ」
---
「延ばせば」
セシリアが静かに応じる。
「拡大確率が上がった」
「それは長命種の予測だ!」
ガルドが睨む。
「我々は、百年後より今を生きている」
---
一方、エルダ評議会。
サエルに対し、若い長命種ミラ=オルンが異議を唱える。
「一・四%でも、百年後には重い」
「我々は未来を守る文明です」
サエルは静かに応じる。
「だが、未来は固定ではない」
ミラは沈黙する。
未来観測の信頼度が揺らいだ今、
絶対性は崩れている。
---
コレクティア内部。
Σの演算核に、微細な遅延が発生する。
「例外承認処理、内部誤差増大」
そこに、別の波形が混じる。
Δ(デルタ)。
「個体損耗率、想定範囲内」
Σが告げる。
「だが」
Δの波形がわずかに揺れる。
「救助対象の“痛み”は、
統計誤差として処理された」
沈黙。
集合意識内部で、
初めて言語化される違和感。
---
辺境領。
レインは、報告書を閉じる。
「成功ですか」
ヴァルドが問う。
「協定は守られた」
「救助もできた」
---
「代償は?」
セシリアが静かに言う。
レインは、窓の外を見る。
空は安定している。
だが、文明は揺れている。
---
「例外は、前例になります」
彼は言う。
「次に想定外が起きたとき」
「今回より少し広げよう、と言う者が出る」
ガルドの顔が、脳裏をよぎる。
ミラの揺れも。
Δの波形も。
---
「例外は必要です」
レインは続ける。
「だが、増えれば常態化する」
条文第五条。
例外発動回数が限界を超えれば、
協定は再設計。
---
「今回で、回数は一」
セシリアが小さく呟く。
数字が、静かに記録される。
---
夜。
ノクス残骸圏の歪みは、
ほぼ収束していた。
だが完全ではない。
微細な時間揺らぎが、
まだ地中に残っている。
---
レインは、理解していた。
越境は成功した。
だが、
**協定は少しだけ柔らかくなった。**
柔らかさは、適応力。
同時に、崩れやすさ。
---
戦えない参謀は、
初めて“制度の重さ”を感じていた。
救った命と引き換えに、
世界は一段、揺らぎを抱えた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




