第4話 契約解除
契約解除の手続きは、驚くほど事務的だった。
王城の一室。
机の上に並べられた書類に、レインは淡々と目を通す。
「こちらが契約解除通知。こちらが功績記録の写しになります」
事務官の声には、感情が一切乗っていない。
レインは受け取った紙束に視線を落とした。
討伐成功数。
被害率低減。
補給遅延ゼロ。
どれも、簡潔な数字だけが並んでいる。
(……少ないな)
内心でそう思ったが、口には出さなかった。
記載されているのは、あくまで“表に出せる成果”だけだ。
判断の裏付け。
撤退の決断。
人材配置の調整。
そういったものは、最初から評価項目に含まれていない。
「問題ありません」
レインは署名を済ませ、書類を返した。
「これで手続きは完了です。部隊関連の権限は、すべて本日付で失効します」
「承知しました」
それだけだった。
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部屋を出た廊下で、セシリアが待っていた。
「……やっぱり、早いですね」
「戦争中ですから」
レインは肩をすくめる。
「合理的です」
「……その言葉、もう聞き飽きました」
珍しく、セシリアの声に感情が滲んでいた。
「あなたは、怒らないんですか?」
「怒る理由がありません」
レインは歩きながら答える。
「評価基準が違った。それだけです」
「それだけ、で済ませられる問題じゃ……」
「評価されない能力を、評価されない場で使っていただけです」
淡々とした口調だったが、そこには確信があった。
「場所を変えれば、話は変わります」
セシリアは言葉を失った。
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その日の午後。
レインは最後の仕事として、引き継ぎ資料をまとめていた。
作戦立案の思考順。
部隊ごとの消耗傾向。
補給遅延が起きやすい条件。
どれも、文字にすれば膨大だ。
「……こんなもの、誰が読むんだか」
自嘲気味に呟きながらも、手は止めなかった。
途中で、後任予定の士官が顔を出す。
「これ、全部必要なんですか?」
「ええ。理解できれば、役に立ちます」
「理解、できれば……?」
士官は書類の厚みに顔を引きつらせた。
「まあ、参考程度にします」
そう言って去っていく背中を、レインは黙って見送った。
(参考、か)
それで十分だと思った。
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夜。
部隊の宿舎から、自分の私物を運び出す。
箱は一つ。
中身は、書類と筆記具だけ。
通路の途中で、エレナと鉢合わせた。
「あ……」
一瞬、気まずそうに目を泳がせる。
「お疲れさまでした」
「ええ」
それだけだった。
言葉を交わすには、遅すぎる。
エレナは何か言いたげに口を開き、結局、何も言えずに頭を下げた。
レインは、それに応じるように軽く会釈する。
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宿舎を出ると、夜風が肌を撫でた。
王国直属部隊の紋章が、門の上で静かに揺れている。
振り返る理由は、なかった。
(終わったな)
そう思った瞬間――
不思議と、胸は軽かった。
評価されない場所で、役割を演じ続ける必要はもうない。
レインは、夜の街へと歩き出す。
誰にも見送られず、
誰にも惜しまれず。
だがこの時点で、
**失われたものの大きさに気づいていないのは、彼らの方だった。**




