第37話 全体最適という暴力
集合意識文明との接触は、
会談という形式を取らなかった。
“個”が存在しない文明に、
代表者という概念は意味を持たない。
広間の中央に、十数体の個体が並ぶ。
同じ顔。
同じ姿勢。
そして――同時に口を開いた。
「我々は、コレクティアである」
声が重なり、揺れず、濁らない。
それは会話というより、
宣言に近かった。
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「あなたが、被害最小化設計の発案者か」
複数の声が、同時に響く。
「はい」
レインは、短く答える。
視線が合っているのか、
そもそも視線という概念があるのかも分からない。
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「貴殿の設計は、
短期的な損失削減において有効である」
肯定。
だが、抑揚はない。
「しかし」
同時に続く。
「文明存続率の最適化には、適さない」
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「理由を聞いても?」
レインは、静かに問う。
「個体保護を優先している」
即答だった。
「個体は、交換可能である」
「文明は、不可逆である」
空気が、わずかに冷える。
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「一万人を救い、
文明が滅ぶ確率が上昇するなら」
複数の声が重なる。
「それは失敗である」
迷いがない。
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セシリアの指先が、わずかに震えた。
「命を……数字として扱うのですか」
「当然である」
返答は、即時。
「個体は構成要素」
「構成要素の損耗は、
全体効率に組み込まれる」
そこに悪意はない。
ただ、定義が違う。
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「では」
レインは、視線を落とさずに言う。
「個体が全体に不利益をもたらすと判断した場合」
「排除するのですか」
間。
だが、それは思考時間ではない。
「すでに実施している」
静かな宣告。
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広間の空気が変わる。
護衛が一歩前に出る。
だが、敵意はない。
ただの事実報告だ。
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「我々は、戦争を最小化する」
コレクティアは続ける。
「だが、それは
個体を守るためではない」
「文明の生存確率を
最大化するためである」
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レインは、初めて言葉に詰まった。
理屈は通っている。
完全な全体最適。
だが――。
「個体の意志は?」
問いは、かすかに震えていた。
「意志は統合されている」
答えは、迷いなく。
「個の自由は、
全体の弱点である」
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それは、論破ではない。
価値観の断絶だった。
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会談終了後。
セシリアは、廊下で深く息を吐く。
「……怖いですね」
「ええ」
レインは、静かに答える。
「正しさの形が、
あまりにも純粋だ」
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彼は、理解していた。
コレクティアは、悪ではない。
むしろ――
自分よりも徹底している。
被害最小化を突き詰めれば、
いずれ辿り着くかもしれない形。
(もし、感情を切り捨てたなら)
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窓の外には、
整然と並ぶ個体たち。
迷いも、葛藤も、ためらいもない。
完全な全体最適。
それは、美しくもあり、
どこか、息苦しかった。
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戦えない参謀は、
初めて自分の設計の“限界”を見た。
正しさは、
形を変えれば――
暴力にもなり得る。




