第33話 英雄ではない
変化は、予想よりも早く表面化した。
「辺境領方式を考案した人物がいるらしい」
「名は、レイン・アルヴェルト」
誰かが、そう言い始めた。
数字が揃い、
被害が減り、
破滅が遠のいたと理解された瞬間――
人は、理由を欲しがる。
そして、
顔を求める。
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「英雄が必要なんだ」
多国間会議の控室で、
そう言ったのは、どこかの外交官だった。
「混乱が続いた」
「誰かが“正しかった”と
示す象徴が要る」
理屈としては、理解できる。
英雄は、分かりやすい。
英雄は、責任を引き受けてくれる。
だから、人は安心できる。
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セシリアは、その話を聞いて、
静かに眉をひそめた。
「……良くない流れですね」
「ええ」
レインは、短く答えた。
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正式な打診は、
思ったより丁寧だった。
「功績の公表」
「名誉称号の授与」
「各国代表の前での演説」
条件は、破格だ。
断る理由は、ないように見える。
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「受けるべきだと思うか?」
ヴァルドが、率直に尋ねる。
「受ければ、
提案はもっと通りやすくなる」
「ええ」
レインは、否定しなかった。
「ですが」
そこで、言葉を切る。
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「英雄が必要な世界は、
まだ、何も解決していません」
静かな声だった。
「英雄に判断を委ねるということは」
「考えることを、
誰かに預けるということです」
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「だが、それは楽だ」
ヴァルドは、苦笑する。
「多くの人は、
そうやって生きている」
「はい」
レインは、頷いた。
「だからこそ、
繰り返します」
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会議の席。
レインは、はっきりと断った。
「称号は、不要です」
「功績の公表も、
辞退します」
ざわめきが走る。
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「なぜです?」
誰かが、困惑した声で問う。
レインは、少し考えてから答えた。
「この仕組みは、
私がいなくても動かなければならない」
視線が集まる。
「私が英雄になれば」
「私が間違えた時、
世界は一緒に間違えます」
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沈黙。
それは、
重く、しかし誠実な拒否だった。
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会議後。
アーデル・クロウゼンが、
ぽつりと言う。
「英断です」
「そうでしょうか」
レインは、わずかに首を傾ける。
「便利な偶像になるより、
不便な基準でいる方がいい」
アーデルは、そう言った。
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その夜。
各国の記録には、
称号の代わりに、
別の言葉が残った。
> 被害最小化モデル
> 非衝突優先設計
> 段階的抑止基準
そこに、
個人名は記されない。
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英雄はいない。
だが、
判断の拠り所は残った。
それでいい。
レインは、
窓の外の静かな夜を見ながら、
そう思っていた。
英雄ではないことを選んだ瞬間、
彼の仕事は、
ようやく“世界のもの”になったのだから。
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