第2話 評価基準
レインが去った後の訓練場は、いつも通りの喧騒に包まれていた。
剣が振るわれ、魔法が飛び交い、勝利の手応えだけが残る。
――だが、どこか噛み合っていない。
「……回復、遅れてないか?」
グレインが眉をひそめる。
エレナは慌てて詠唱を早めた。
「ご、ごめんなさい。次は間に合わせます」
致命的ではない。
だが、今までなら起きなかったズレだった。
「気のせいだろ」
バルドはそう言って肩をすくめる。
「レインがいなくなったくらいで、俺たちが弱くなるわけない」
グレインは何も言わず、剣を鞘に納めた。
その胸の奥に、小さな違和感が残っていた。
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一方、王都の別棟。
戦力分析室と呼ばれるその部屋で、セシリアは一人、机に向かっていた。
書類の山。
過去三年分の作戦記録。
そこには、ある共通点があった。
「……やっぱり」
彼女は小さく息を吐く。
レイン・アルヴェルトが関与した作戦は、失敗率が極端に低い。
それも、戦力が不足していた時期ほど顕著だった。
被害数、補給遅延、予測誤差。
どれを見ても異常値に近い。
「これを“評価外”にするなんて……」
セシリアは立ち上がり、決裁用のレポートを手にした。
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「もう一度、彼の件で話がしたい」
上層部の会議室。
セシリアの言葉に、数人の貴族が顔を見合わせる。
「結論は出ただろう」
「ええ。でも、それは“基準に従った”結論です」
セシリアは冷静に言った。
「私たちの評価基準は、個人戦闘力です。ですが――」
「戦争ではそれがすべてだ」
遮るように言葉が被さる。
「強い者が前に立つ。それで勝ってきた」
「はい。ですが、それは“運用が成立している”前提です」
セシリアはレポートを机に置いた。
「補給、配置、撤退判断。それらが破綻した瞬間、どれほどの戦力も意味を失います」
「机上の空論だ」
一蹴された。
「彼は“今”戦えない。だから不要だ。それ以上でも以下でもない」
その言葉に、セシリアは一瞬、言葉を失った。
――今。
確かに、その通りだ。
彼女は理解していた。
「……わかりました」
そう答えるしかなかった。
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同じ頃、王都の外れ。
レインは簡素な宿の一室で、荷物をまとめていた。
大したものはない。
書類と、使い慣れた筆記具だけ。
(評価基準、か)
彼は淡々と考える。
この国では、強さはわかりやすさだ。
剣を振るい、魔法を放ち、敵を倒す。
それ以外の価値は、後回しにされる。
(だから、切られた)
納得していた。
感情はない。
むしろ――
「……これでいい」
小さく、そう呟く。
自分の仕事は、誰かの下でやるものではなかったのかもしれない。
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翌日。
元の部隊は討伐任務に出ていた。
結果は勝利。
表向きは、何の問題もない。
だが報告書には、微細なズレが増え始めていた。
消耗率が高い。
予備が足りない。
判断が一拍遅れる。
「……まあ、許容範囲だな」
そう結論づけられ、誰も深くは追及しなかった。
まだ、痛みが足りないからだ。
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その夜。
セシリアは一人、王都の窓から外を眺めていた。
「追放は、確かに正しい判断……」
口に出してみる。
即戦力を切り、効率を取った。
理屈は通っている。
「でも……」
彼女は目を閉じた。
「未来まで、計算に入れていれば」
答えは、もう出ている。
それでも、この国は気づかない。
気づくのは、
取り返しがつかなくなってからだ。




