第16話 選ばれない側
国家監査官アーデル・クロウゼンが王都に到着したのは、
雨の降る朝だった。
出迎えは最小限。
形式的な挨拶だけが交わされる。
「歓迎の用意は不要です」
彼は淡々と言った。
「必要なのは、資料と事実だけですから」
その言葉に、誰も反論しなかった。
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中央評議院。
過去一年分の戦況資料が、机の上に積まれる。
「被害が減っています」
「だが、理由が説明できない」
貴族の一人が言った。
アーデルは、無言で書類をめくる。
指先の動きは正確で、迷いがない。
「説明は可能です」
そう言って、視線を上げた。
「ただし、感情を排除してください」
「……どういう意味だ?」
「誰が悪いか、ではありません」
アーデルは淡々と続ける。
「**どこが利益を生み、どこが損失を生んだか**。
それだけを見ます」
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最初に示されたのは、辺境部隊の記録だった。
「死亡率、ゼロ」
「補給消耗、平均より三割低下」
「撤退判断、全任務で適正」
数字が並ぶ。
「次に、王国直属部隊」
空気がわずかに張り詰めた。
「死亡率、上昇」
「補給消耗、想定超過」
「判断遅延、複数確認」
誰かが言い訳をしようとして、口を閉じた。
数字が、すでに語っている。
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「重要なのは、タイミングです」
アーデルは、資料の一部を指で叩いた。
「この差が生まれ始めたのは――
**参謀交代の直後**」
沈黙。
誰も、名前を口にしない。
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「当時の判断を再確認します」
今度は、追放決定時の資料。
「レイン・アルヴェルト」
「個人戦闘力、低」
「即戦力評価、不可」
アーデルは、静かに頷いた。
「判断自体は、基準上正しい」
「……では」
安堵の息が、わずかに漏れる。
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「しかし」
一語で、空気が変わった。
「判断は、**修正される前提でのみ合理的**です」
「……」
「結果が出始めた時点で、
評価基準を再検討しなかった」
アーデルは、資料を閉じる。
「それにより、国家は損失を被りました」
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「損失……?」
誰かが、声を絞り出す。
「人的損耗」
「補給浪費」
「戦力運用効率の低下」
一つ一つ、淡々と告げられる。
「これは失敗ではありません」
「**放置です**」
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その結論は、冷酷だった。
「よって、次期国家重要任務において、
**王国直属部隊は選定対象外**とします」
言葉が、理解されるまでに数秒かかった。
「……待て」
誰かが立ち上がる。
「それは、どういう――」
「選ばれない、という意味です」
アーデルは、淡々と答えた。
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同時刻。
辺境領。
「国家案件への正式協力要請です」
ヴァルドの言葉に、レインは目を上げた。
「主導ではなく、設計補助」
「十分です」
彼は、そう答えた。
必要とされる場所は、もう明確だった。
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王都では、まだ理解が追いついていなかった。
自分たちが
**叱責されたわけでも、罰せられたわけでもない**ことに。
だがそれこそが、最も残酷な宣告だった。
――必要とされていない。
それだけで、すべてが決まってしまう世界がある。
そして今、
**選ばれる側と、選ばれない側が、完全に分かれ始めていた。**




