第11話 理解している者
辺境領の朝は早い。
まだ霧の残る訓練場で、兵たちが準備を進めている。
その様子を、レインは少し離れた場所から眺めていた。
声を張り上げる必要はない。
指示は前日に済んでいる。
彼らは、もう自分で動ける。
「……ずいぶん変わりましたね」
背後から聞こえた声に、レインは振り返った。
そこに立っていたのは、見覚えのある女性。
王都で見慣れた、落ち着いた表情。
「久しぶりですね、セシリア」
「ええ。本当に」
戦力分析官セシリア・ノルディア。
王都を離れるのは久しぶりなのだろう。
だが、その目は相変わらず冷静だった。
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「噂を聞きました」
簡素な執務室。
机を挟んで、二人は向かい合っていた。
「辺境の部隊が、異常な安定を見せていると」
「誇張も混じっているでしょう」
「数字は、嘘をつきません」
セシリアは書類を一枚差し出す。
「死亡率ゼロ。
補給消耗、王都基準の七割以下。
撤退判断の正確性、ほぼ理論値通り」
レインは目を通し、静かに頷いた。
「順調ですね」
「……ええ。順調すぎるほどに」
セシリアは息を吐く。
「やはり、あなたでした」
「何の話でしょう」
わかっていて、そう返した。
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「王都では、まだ気づいていません」
セシリアは言った。
「評価基準が違うからです」
「はい」
「でも、もう隠せない段階に入りました」
「そうですか」
淡々とした反応に、セシリアは少しだけ困った顔をする。
「……怒っていないんですね」
「怒る理由がありません」
レインは即答した。
「必要とされない場所で、必要とされない仕事をしていただけです」
「それでも……」
「あなたは、理解していました」
その一言で、セシリアは言葉を失った。
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「王都は、今どうなっていますか」
レインが話題を変える。
「小さな失点が続いています」
「致命的ではない」
「ええ。まだ」
セシリアは視線を伏せる。
「“戻すべきではないか”という声も、出始めています」
「……そうですか」
興味はなさそうだった。
「戻るつもりは?」
「ありません」
即答だった。
「評価基準が変わらない限り、意味がない」
「……変わりつつあります」
「なら、外から見守ります」
それが、彼の答えだった。
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その日の午後。
セシリアは、部隊の訓練を遠巻きに観察していた。
派手さはない。
だが、無駄がない。
「前に出すぎない」
「魔力を使い切らない」
「引く判断が早い」
一つ一つは些細。
だが、それが積み重なると――結果になる。
(……これが、“正しい評価”)
セシリアは、はっきりと理解した。
王都が手放したのは、
戦力ではない。
**未来そのものだった。**
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夕方。
帰り支度をするセシリアに、レインは言った。
「忠告があります」
「何でしょう」
「王都は、焦ります」
セシリアは、静かに頷く。
「ええ。間違いなく」
「その時、半端な妥協をするでしょう」
「……それが、一番危険ですね」
「はい」
視線が交わる。
理解している者同士の、それだった。
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セシリアが去った後、
ヴァルド辺境伯がレインに声をかける。
「来たか」
「ええ」
「戻れ、と言われたら?」
「断ります」
迷いはない。
「評価される場所は、もう見つけました」
「だろうな」
ヴァルドは満足そうに笑った。
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その夜。
王都では、まだ気づいていなかった。
すでに、
**選択肢の一つが、静かに消えていることに。**




