二人の冒険のお仕舞い
再び僕たちはダンジョン脱出を開始し、徐々に魔物が弱くなっているのを感じ始めていた。
おそらく浅いところまでやってきたのだ。
ダンジョンから脱出したら、僕はこの世界で生きていくことはできるだろうか。テレコのことは気がかりだが、それでも自分自身の未来は考えておく必要がある。
「本当に美味しかったなぁ。ダンジョンから脱出できたとしても、またいつかシロさんの料理を食べさせてくださいね!」
サラサは幸せそうなため息を漏らしながらそんなことを言う。
またいつか。
当然ダンジョンを脱出し、パーティに合流できれば僕とサラサは別れるだろう。
「はー、お兄ちゃんが食べたらどんな顔するだろう。うちのお兄ちゃんってすごい仏頂面なんですよ! でもシロさんの料理を食べたら涙を流して喜ぶと思います!」
「さすがに泣かせる自信はないなぁ」
「パパとママにも食べて欲しいですねぇ。シロさんが料理人だったらなぁ」
とっさに「料理人だけど?」と言いかけるが、よく考えるまでもなくただの愛好家だった。
黙った僕の気持ちを勘違いして、サラサは続ける。
「も、もちろん! シロさんが冒険者なのもわかってますよ! 召喚戦士なのですから、その才能は魔族の討伐において発揮されるべきです!」
その未来がやってくるとは、僕にはどうにも思えない。
むしろ料理人になれればどれほど良いだろう。僕を雇ってくれるレストランなんて、この世界にあるだろうか。
でももしそうなれたとすれば、僕はぜひサラサの家族に料理を振る舞いたいと思った。
「サラサの家族に喜んでもらえるように修行しておくよ」
「ええ! これほどの高みに到達しているというのに、まだ上があると言うのですか!」
なんというか、アジノ乇卜、ありがとう。
「サラサの家族について聞いても良いかな。好物とか」
せっかく振る舞うタイミングがあれば喜んで欲しい。それには相手のことをよく知っておく必要がある。そもそも僕は、コンバレトの文化をまったく知らないし。
「ええと、うちの食卓によく並ぶのはマッシュポテトで、それが家族の味って感じです。もちろん、ミーチュリアなので肉料理も食べますが、母は銀鱗出身なのでお魚が好きですね。でもお魚を好んでいるのは私と母だけかも」
「ところで……ミーチュリアって?」
「ああ! シロさんは召喚戦士だから知らないのですね! この集積世界コンバレトには、三つの大国が存在します。それがミーチュリア、銀鱗、ヴィジリスタンです。ミーチュリアは大陸国でお肉料理が豊富なので、みなさんお肉を食べますね。一方で銀鱗は島が集まった島嶼国で、港が多いのでお魚料理が発達してます」
つまりここは、コンバレトに存在するミーチュリア国内のダンジョンなのだろう。
「けっこうみんな偏食で、ポテト以外のお野菜は食べないかもしれません。あ、私はどんなお野菜も好きですよ! ……みんな好き嫌いが違うので、調理担当の使用人も苦労していますね……」
「え!? 使用人がいるの? もしかして、サラサって良いとこの子?」
「え……あはは。まぁ、はい」
馴れ馴れしくしてしまったが、そう言われてみると羽織っているグレーのマントも上質なものに見えてきた。
「貴族だったり?」
「あの、改めてご挨拶しますと、私はサラサ・グリムブラッド・ガブリエラと申します。ガブリエラは一応伯爵家でして、まぁその……貴族です」
「ひょっとして、庶民の僕がこんなに馴れ馴れしかったら処刑にされたり——」
「しませんよ! 大丈夫です!!」
ミーチュリアの文化がわからないため、伯爵家がどれほどの地位かわからない。
「そっか……この世界は貴族のお嬢様でも冒険者をするんだね」
「……ええ、まぁ」
そこでサラサの視線に影が落ちた。
あまり触れてはいけない部分かとも思ったが、すぐに気を取り直してサラサは続けた。
「じ、実はお兄のクラウスは勇者筆頭候補と言われているんです! お父様も優秀な祓魔師で、それでお母様も銀鱗では有数の霊媒師なんですよ!」
「それでサラサはスーパー祓魔師ってわけだ」
サラサは気まずそうに視線を逸らした。
褒めすぎて居心地が悪かったのかもしれない。
それにしても僕は運がよかった。
テレコにダンジョンで置き去りにされたとはいえ、その直後にこれほど優秀な冒険少女に出会えたのだから。
「……ははは」
サラサはテレるように小さく笑った。
サラサの家族は一人一人が優秀な冒険者の貴族。
それぞれにこだわりがあると思われるし、そもそもこの世界の料理がどういうものかもわかっていない。市中を探検し、貴族に振る舞う料理はどんなものが良いか調査しなければ。なんて、まだ予定も立っていないのに考えてしまう。
僕はサラサと一緒に冒険しているのが楽しくて、危険なはずのダンジョンもあっという間に時間が過ぎ去り、気がつけば洞窟の奥に光が差し込んでいた。
ついに、出口に到達したのだった。
「やりましたね! シロさん」
これほど恐ろしかったダンジョンが、なんだか名残惜しくなる。嬉しそうなサラサには申し訳ないが、僕にとって良いことかどうかわからない。
しかし、少なくともサラサにとっての良いことは続く。
すでに陽が傾くオレンジ色の空に視界が順応していく中で、その少し先に人影を捉えた。
僕たちがそちらに近づいていくと、人影はこちらを振り返りその視線がサラサを捉えた。
そしてサラサが声をあげた。
「タルーノさん!」
教えてもらったパーティメンバーの名前をサラサは叫ぶ。
ああ、僕とサラサとの冒険は、いま終わったのだ。




