相乗効果
気がつくと、僕は横になっていた。
「ああ、よかった。目が覚めましたか」
僕を覗き込む少女はサラサで、しかしすぐさま目を逸らして明後日の方向を向いた。
サラサの頬はまだ赤く、僕はそれを見て気を失う前に何があったかを思い出し、こちらまで恥ずかしさが込み上げた。
なんだかサラサを見ていられない。
「あああ、あの、腕は元に戻ったようです。どうですか?」
そういえば僕は腕を噛み砕かれたのだった。
立ち上がり腕を振り回してみたが、まるで何もなかったかのように快調だ。
「ああ、ありがとう。大丈夫そうだよ」
「そうですか。では、服を着てください」
僕たちはそそくさとその水溜まりを後にした。
今現在ダンジョンのどの辺りにいるのかもわからない状態で、無駄な時間は過ごせない。
「それにしてもぜんぜん人気がないな。もうサラサのパーティメンバーはまだダンジョン内にいるのかなぁ」
「……きっと私を探していたとは思いますが、だいぶ時間が経っているので脱出したかもしれませんね……」
ダンジョン内で人探しは難しかった。
物音を立てれば魔物を集めてしまうため、大声を出すことはできない。
「パーティメンバーはどんな人たちなの?」
「男性が二人、女性が一人で、みんな剣士です。だから後方支援系の職種を探していたみたいで、私の加入を許してくれました」
「サラサが最後のメンバーなんだね」
「ええ、昨日加入したばかりです」
サラサはずいぶん新参者な様子。
「私が祓魔師だとわかるととても喜んで下さったんですよ。これでまた一段とパーティのバランスがよくなるって。さっそく連携を試してみようということになって、このダンジョンに潜ってみたんです」
「そうなんだ」
出会いは短いとはいえ、サラサにとっては大切な仲間なのだろう。
仲間の話をするときはどこか楽しそうでもある。
そこで僕はまた一つ不安が頭をよぎった。
このダンジョンにはロードウルフのような強力な魔物が生息している。いまだって命からがら逃げているのが現状だ。サラサのパーティメンバーがやられてしまうことはないのだろうか?
「……その、さ。サラサの仲間は、強いの?」
「強い、とは思います……。そもそも魔物は、強い冒険者には近づかない性質があります。あ、もちろん殺気を消せるような達人であれば話は別ですが」
テレコはものすごく強いと思うが、魔物は次々襲いかかってきていた。つまり殺気を消していたのだろう。達人なんだな、と今更ながら思う。
「私がパーティとはぐれるまでは、正直ほとんど魔物は襲いかかってきませんでした。魔物がタルーノさんたちと実力差を感じ取っていたのだと」
タルーノというのはパーティメンバーの名前だろうか。
「ロードウルフと戦っても勝てるのかな?」
「それは……わからないです。あの、シロさんのお仲間は大丈夫でしょうか」
そういえば、僕も仲間とはぐれたと嘘をついたのだった。
本当は捨てられたのだけど。
「あは、あはは」
「? どうしたんですかシロさん」
「あは、あはは。とにかく早く合流するか、ダンジョンから出て助けを呼びに行かなきゃね」
実際問題、ダンジョンから出たらどうすべきだろう。
僕はまだこのコンバレトにやってきたばかり。ダンジョンから脱出できたとして、テレコは僕を迎え入れてくれるだろうか。
「……不安ですよね。早くお仲間を見つけましょう」
僕の沈んだ表情を、サラサは勘違いしたようだ。
◆ ◆ ◆
会話もせず走っている最中、サラサが何かを発見した。
「あ、シロさん! ダンジョンの実です」
壁に埋め込まれたような木にいくつもの果実がなっている。
さきほどは食べ始めてすぐにロードウルフに急襲されたため、お腹はペコペコのままだったのでそれを見つけてくれたのはありがたい。
「ふふふ、今度は襲われないようにしてから食べましょう」
いうと、サラサは盛り塩をして魔除けの呪文を唱えた。
それが終わると、サラサはさっそく実をもぎ取って口に運ぼうとした。
「あ、ちょっと待って!」
僕はいくつかダンジョンの実をもぎ取り、近くにあった平らな岩にそれを並べた。
ダガーを使い皮を剥き、その上で実を薄くスライスする。その際に、舌で味わいやすいように表面に細かな凹凸を作る。
「あのさ、もし失礼でなければ、ここに塩を振ってもらっても良いかな?」
「あ、ぜんぜん良いですよ!」
サラサにとって大切な道具かもしれないと思ったが、案外あっさりと了承してくれた。
彼女は胸元に手を突っ込んで、ダンジョンの実のスライスにふりかける。
さらさらの塩が、ダンジョンの実に均等に降りかかる。
「でも、フルーツにお塩なんですか?」
「確かにダンジョンの実にはかすかな甘味があるよね。でも風味で考えればこれは、むしろ発酵豆系のおかずとして考えた方がいい」
言った側から発酵などの文化がこの世界にあるのか疑問に思ったが、サラサは気に留めなかった。
僕は指先からアジノ乇卜を生成し、それをさらにふりかける。
「それは……お塩ですか?」
「いや、これはアジノ乇卜といって、僕の世界ではよく使われている調味料なんだ。さ、特製カットダンジョンの実だ。食べてみて」
サラサは白いカケラを一つ摘み上げ、恐る恐る口に運んだ。慎重に咀嚼、咀嚼。
咀嚼、咀嚼、咀嚼、ごくり。
サラサの目がカッと見開いた。
「——おおお、美味しすぎる!」
サラサはカケラを摘んでは口に運び、頬を赤らめ幸せそうに咀嚼を続けた。
心なしか目元もとろんとしている。
すると、サラサの目がバチンと僕とかち合った。
「何してるんですかシロさん」
「え?」
「一緒に食べましょう! はやくはやく!」
せかされ、僕もダンジョンの実のカケラをつまみあげる。なぜか目を輝かせ、サラサがワクワクの視線を僕に向けていた。
僕はそれを口に運ぶ。
「——うまい、な」
「でしょう!」
いや、それにしても本当にうまい。
塩味と旨味がダンジョンの実の風味を引き立て、高い栄養価を感じるとろりとした食感は全身に幸せを運ぶようだった。
それは計算通りの味ではあって、計算外にうまかった。
目の前ではサラサが次から次にダンジョンの実を口に運び、「シロさんももっと食べてください」と僕も食べるよう促した。
作った分はすぐになくなり、「もっと作ってください」という言葉に応じて僕はすぐさま切り分け、味付けを行う。そして二人でおいしいおいしいと言いながら、お腹いっぱいになるまで食べ続けた。
「こんなにおいしいもの、初めて食べました!」
満面の笑みでそんな風に言うサラサを見ていると、僕はやっとそのことに気がついた。
サラサのおかげで美味しかったんだ。
となりで料理をおいしいおいしいと満面の笑みで食べてくれる彼女がいるから、僕まで想像できないほどこの料理が美味しかったんだ。
僕は創作料理系配信者として、何年も自分で作った料理を自分一人で食べていた。
もちろんそれは自信があったから配信したわけだけど、でも僕はこのときはじめて本当においしいものを知ったのかもしれない。
幸せとおいしいは、高め合う。
まるで塩化ナトリウムとグルタミン酸ナトリウムが相乗効果で爆発するみたいに。
「ダンジョン内でこんなにおいしいものが食べられるだなんて思いませんでした。あ! だからロードウルフはダンジョンの実を食べ続けてたんですね! てっきり催眠系のスキルを使ったのかと思ってました。でもまさか、おいしいもので幸せにするスキルだなんて……。シロさんは、とてもすごいスキルを持ってるんですね!」
「……そうかな」
手放しの賞賛はこそばゆいが、しかしそれは彼女の勘違いだ。
この能力で冒険者として戦っていくことは不可能で、ましてや勇者になるなど世迷言。
直感的にわかる。
テレコもきっと、そう判断を下す。




