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異世界アジノ乇卜  作者:
最高の夜食

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7/40

回復魔法は使えないけれど

 ——アジノ乇卜


 それはアジノ乇卜株式会社によって開発されている旨味調味料だ。

 ジャガイモなどの芋類を微生物の培地とし、その代謝によって生成・分泌されたグルタミン酸を抽出する。得られたグルタミン酸に水酸化ナトリウムを加えて中和すると、グルタミン酸ナトリウムが得られる。

 その溶液を濃縮し、冷却によって結晶を析出させ、洗浄と乾燥を経て純度を高めたものは小瓶に収まり、料理の際や食卓でなくてはならない存在となっていた。


 僕の指から召喚されたのはただの白い砂などではなかった。

 よく見ると長細い粒子は混じりっけのないスノーホワイト。舌の上で転がすと舌の奥で昆布のような余韻が広がる。


 これこそが近年に世界的に承認された第五の味覚——旨味である。


 とにかく、これで僕は自分の能力が理解できた。


「すごいですよ! シロさん! まさかロードウルフ相手に逃げ切れるなんて!」


 確かにもう十分近く走ってきたと思うが、ロードウルフがついてきている気配はない。


「見たことがない魔法……。そういえば変わった格好をされているし、まさかシロさんは、召喚戦士なのですか!」

「……う、うん。まぁね」


 ところで僕の服装はネットで購入したシェフコートだから、自分でも変わった格好をしていると思う。


 ともかく、召喚戦士はそれぞれに固有の魔法——スキルが付与される。

 僕の場合は指先からアジノ乇卜を召喚するスキル、だ。


「……これって、とんでもないハズレスキルでは?」

「どうしましたか、シロさん」


「い、いや、なんでもないよ」

 

 今はできるだけロードウルフから離れなければ。

 ただ、それにしても腕が痛くて、気を抜くと意識が飛びそうになる。このダンジョンの深部に向かう前も怪我をしたが、そのときはテレコがすぐに回復魔法をかけてくれたため引きずることはなかった。


「……あのさ、つかぬことをお伺いするんだけど、回復魔法とかって使えたりしないかな?」

「ごめんなさい。使えません」


 彼女が謝ることではないのだけれど。


「ただ、少々お待ちを。絶対に私が、シロさんをお助けしますから!」


 さらに走っている間も、僕たちは度々魔物に襲われた。

 しかし、ロードウルフに出会う以前のように少し強い魔物が現れたら迂回するようなことはなかった。サラサは僕よりも前を走り、迫りくる強い魔物を消失させ続けた。


「……あの、シロさん。わたし、ひょっとすると強くなったかもしれません」


 強い魔物といえど、それはロードウルフの足元にも及ばない。

 サラサはロードウルフとの戦闘で、確実にレベルアップしたようだった。


 さらに走ること数分。


「あ、ありました! シロさん、こちらです」


 彼女が見つけたのは洞窟の中の巨大な水たまりだった。上に水源でもあるのか、氷柱みたいな鍾乳石からポタポタと水が垂れていた。


 サラサはその周りに盛り塩のようなものを作り、「魔除け(アミュレット)」と唱えた。


「これで少しの時間、この場所は安全に過ごせると思います」


 さらに彼女は水たまりに塩をまくと、僕を手招きして呼び寄せた。


「さぁ、まず服を脱ぎましょう」

「え?」


 ちょっと意味がわからない。

 しかし僕の躊躇はお構いなく、僕の着衣をサラサは強引に脱がせにかかる。


「ちょ、ちょっと、やめて! や、やだ。やめてよサラサ! だ、ダメェ!」

「黙ってください! 早く治療しなければ、腕が動かなくなりますよ!」


 サラサはなんの躊躇もなく僕のパンツまではぎ取った。

 どうやら脱衣は腕を治すために必要なことらしい。


「さぁ、じゃあここに入ってください」

「え、この塩撒いた水たまりに?」

「そうです」


 それって、めちゃくちゃ腕に染みるのでは?


「い、嫌だ!」

「何言ってるんですか! さっきまであんなに痛いことを平然とやってたじゃないですか。ロードウルフの口の中に腕を突っ込んだシロさんはどこいったんですか!」


 僕は力ずくで水たまりに押し込まれると、腰程度の水深によろけそうになる。

 水は冷たいし、腕をつけるまでもなく傷だらけの全身に塩水が染み込む。


「ちょちょ、本当にキツいんだけど……」

「いいから腕を漬けて我慢しててください!」


 しかしこれも、きっとサラサが僕のことを思って言ってくれているはずだ。僕は目をつぶり、決死の覚悟で全身で塩水につかった。


 痛くて頭がどうにかなりそうだ。

 が、それは意外と短期間だった。冷たさを感じたのは最初だけで体はすぐに順応した。それに応じてヒリヒリも無くなって、むしろ全身がポカポカとさえしだした。


 なんだろう。

 暖かくて、心地よい。


 僕の手に何かが触れた。

 それはおそらくサラサの小さな手で、それが僕の手をぎゅっと掴んだ。


 僕は目を開けた。


 そこには一糸まとわぬ姿のサラサが僕の正面で屈んでいた。

 もし僕がいまもう一度まったく同じ言葉を言うとすれば、「そこには一糸まとわぬ姿のサラサが僕の正面で屈んでいた」。


 いや、どういうことだよ!


 腰を屈めているし水に浸かっているので下半身はよくわからないが、少なくとも上半身ははっきりと見ることができ、僕と握手する形になっているため腕に挟まれた胸の部分が盛り上がっていた。


 僕の視線はそこに吸い寄せられそうになり、目を逸らしたりつぶろうとするたびに失敗し、結果としてサラサを凝視したまま大声を出すに至った。


「なんでサラサが裸なんだよ——————————————————————————————!」


 サラサは純粋に僕の大声に驚いたようにびくりと体を震わせ、「落ち着いてください」と握手している手をトントンと優しく叩いた。


 そのたびに彼女の二つの膨らみが水面に揺れた。

 いや落ち着いていられるか!


「私は回復魔法が使えませんのでこれは苦肉の策です。いま私は、塩を媒介としてシロさんの全身に魔力を浸透させています。これによりシロさんの細胞の自己回復力を高めているのです。原理的には回復魔法とそう変わりはありません。この方法では同じ溶液に二人で浸かるのがもっとも効率が良いのです」


 サラサはたぶん、年齢にしたらおそらく十代半ばかと思う。

 そんな少女が一回りも上の男と一緒に裸で水たまりに浸かって、しかもその表情にはテレが一切存在しない。


 え、なんなの?

 ひょっとしてこの世界って羞恥心とかないわけ?


「そそ、そのさ、一応僕は、男なわけだけど。ちなみに年齢は二十九歳。そ、その都合が悪かったりしないの?」

「あ、ああいえ。大丈夫ですよ慣れておりますので」


 な、慣れている?

 ひょっとして見かけによらず性に奔放なタイプ?


「私の母は霊媒師で、その能力を受け継いだためか実態を伴わない霊も見えるんです。えへへ。実はそういうの、祓魔師(エクソシスト)としては珍しいんですよ。で、そうするとですね、けっこう着替えるときや湯浴みのときもあたりに男性の霊はおりますので」


 このエロ幽霊どもが!!


「あ、別にだからといって特に不快というわけではないですよ。すでに命も実態もない幽体はエッチな気持ちも失っているらしくって、私を見ているというよりはただそこに浮かんでいるって感じで……」


 そこまで言って急にサラサの頬が色づいた。

 さらに顎をガクガクさせながら、弱々しい声を発した。


「…………ひょっとしてシロさん……その……エッチな気持ち……あります?」

「……それは……まぁ、ありますが……。生きているので……」


「ででででも……私が相手なんかでは、特になんとも思わないですよね? ……別に可愛くも……ないですし」


 ダメだ。

 可愛すぎる。


 ダンジョン内の光る石に照らされて彼女の白い肌が怪しく浮かび上がる。薄灰色の髪からは水が滴り、いく筋かが頬に張り付く。頬はまだ少しふっくらとしており、それはかすかに彼女を幼く見せる。


 そしてなにより、ほっそりとした体なのに胸部には二つの素晴らしいものを持っていた。


「え? ちょっとシロさん!?」


 ああ、僕は血を流し過ぎたのかもしれなかった。


「ちょっとシロさん! 急にどうしましたか!?」


 頭からさーっと血の気が引いて、いつの間にか僕は意識を失っていた。

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