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異世界アジノ乇卜  作者:
君のための新食感

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【SIDE テレコ】シロ

 テレコは天上の心地だった。

 見たこともない艶やかな料理はこの世のものとは思えないほどの旨味。


 一心不乱に口に運び、そのまま睡魔に襲われ欲望のままに眠った。


 ◆  ◆  ◆


 目が覚めると、目の前には男の顔があった。

 知っている顔だった。


「シ、シロ!?」


 テレコはぱっと飛び起きた。


「よかった! 元気そうで!」


 数歩後じさると、テレコは自分の体がガンとテーブルにぶつかり痛みを覚えた。

 それで頭が覚醒し、目の前の状況を整理する。


 確かテレコは、灼熱酒場に乗り込んだはずだった。

 ヒートレオン、サラサ、シロの三人を葬るために。


 そしてテレコが食事に現を抜かす側、メビルリムザは勝手に魔法薬だと裁定を下したのだ。そしてメビルリムザが暴走し始めたところはなんとなく記憶がある。


 メビルリムザの気配がないのは気になるが、とにかくいまテレコは彼らの仇敵だ。

 体勢を立て直さねばと体中の魔力が枯渇していて力が入らない。


 仮にいま戦闘になれば、サラサはおろかヒートレオンやシロにも体力で劣るかもしれない。

 テレコは高速で頭を回転させ、なんとか打開しようと打って出た。


「——そ、それでは、裁定を下します! 魔法薬は使われていませんでした! あんたたちは無罪!」


 三人はそれぞれ顔を見合わせる。

 そしてそれぞれに喜びの笑みを浮かべた。


「よかった! やっぱり魔法薬じゃないんだな!」

「これで灼熱酒場は続けていけるぜ! さすがは王女様、公平じゃねーか!」

「よかったです! よかったです!」


 はしゃぐ面々を前に、テレコは料理の記憶を呼び覚ます。この世のものとは思えない極上の体験。

 ただしそれは、魔法などではなく極めて物質的なものだった。


 単純な話。

 美味しかった。


 それ以外に何があるのか。


 そもそもテレコは、灼熱酒場が実際に魔法薬を使っていようがいまいが反逆罪を適用するつもりだった。そのまま三人を消し去ってしまうはずだった。


 しかし食事を楽しみ、一眠りして、今目覚めると。

 どういうわけかそんな思いはすっきり消え去ってしまった。


「エクシミリティは素晴らしい王家だ。やっぱりメビルリムザのせいだったんだな」


 感慨深いヒートレオンの言葉で思い出す。


「そうだ! メビルリムザは?」


 目が合ったのはサラサだったが、彼女はすぐに視線を落とした。

 その代わりにシロが話し始めた。


「サラサが倒したんだ」


 心臓が掴まれたように驚いた。

 我が使い魔ながら、メビルリムザは強い。いくらカラーブラッドとはいえ、まだ駆け出し冒険者のこの少女が?


 もし、そうだとすれば。

 そうだとすれば……。


 そうだとすれば……どうなんだっけ?


 テレコの中にいつも溢れる締め付けられるような不安が、なぜかこのときは湧き上がらない。


「ごめんなさい。テレコちゃんにとって、メビルリムザさんは大切な友達でしたよね」


 不安そうにサラサは言った。

 メビルリムザはいつも一緒にいる大切な使い魔だ。


 出会いは五年前、ものすごい雨の日だった。

 テレコは雨音で早くに目が覚めてしまい、体を起こしたら肩にメビルリムザが乗っていた。


 メビルリムザが言った。


『勇者の芽を潰すんだぬ。それがおまえの使命なんだぬ』


 その言葉は心地よくテレコの中に浸透し、さらにしっくりくる表現へと形を変え、彼女を形成する信教と化した——


「——あたしが操られてんじゃん!!!」


「うわびっくりした、どうしたんですかテレコちゃん」

「なんでもない! 別にメビルリムザのことは気にしないから」


 なぜ気が付かなかったのだろう。

 テレコは今まで、メビルリムザを使い魔だと信じていたが、実際はただの寄生魔に過ぎなかったのだ。


 たしかに今、友人だと思っていたメビルリムザを失った。

 しかし、どういうわけかテレコの心は晴々としていた。それこそが、テレコがいままでメビルリムザに心を歪められていた証に思える。


 重荷から解き放たれ、清々しく、結果としてテレコは自分がいま彼らの手で救われたのだと気がついた。


 そのきっかけは間違いなく、テレコが召喚したこの弱々しい召喚戦士だ。

 シロのスキルは結局冒険向きだとは思えない。それでも、そのスノーホワイトの美しい粉を使って素晴らしい料理を作り、人々の信頼を集め、メビルリムザを倒すほどの強力な仲間にも恵まれている。


 にもかかわらず、テレコはずっとシロを切り捨てようとしていた。

 その判断は間違いだったのだ。


 テレコはシロを見た。


「あの……さ」


 シロは緊張したようにテレコを見つめ返した。


「な、何かな」

「あんたって、ロードウルフの森から、生きて出てきたわけじゃん?」


「え、ああ。そうだけど。まぁそれはサラサのおかげなんだけど」

「誰のおかげとかいいから。とにかくあんたは生きて出てきた。だから…………合格」


 テレコは恥ずかしくてシロの顔が見れなくなった。

 顔が熱くて、自分がとても場違いなことを言ったように思えた。


「……合格って、何が?」

「そんなのあたしのパーティメンバーになることに決まってんじゃん!!!」


 弱い戦士だと思っていた。

 あるいは弱い戦士なのだろう。


 でも、テレコを救ってくれた。その中で振る舞ってもらった料理は間違いなく人生で一番美味しいものだった。

 少し食べただけでその料理からどれほどテレコのことを考えてくれたかが伝わった。


 そう思うと、テレコはなんだかシロが愛おしくなった。


 もうテレコに、無理に勇者を目指すモチベーションはない。

 それでもテレコは、シロと一緒に旅をしたいと思ってしまったのだ。


「あんた言ってたでしょ? 勇者になりたいって。だったらあたしとパーティを組んで、サクッと世界を救えばいい——」


「 ダ メ で す ! ! ! 」


 鼓膜が破られるほどの大きな声が部屋中を満たした。

 声の主はサラサだった。


「わぁ、どうしたんだサラサ」


 突然の大声にシロも驚いたようだ。

 しかし、少し目を潤ませながらサラサはシロに向かって言った。


「だってシロさんは私のパーティです。だからテレコちゃんと一緒にいくなんて絶対ダメです!」


 再びの大声に、部屋はシーンと静まり返った。


「……いや待ってくれサラサ。僕はまだテレコと行くだなんて言ってないぞ」

「そもそもどうしてシロさんは私の仲間なんて募集してるんですか! それはシロさんがここに残って私を追い出すためでしょう!」


「……追い出すだなんて……。僕はただ、サラサに相応しい冒険者を見つけたかっただけで」

「——シロさんは格上すぎて、私じゃ不服ということですか!?」


「そんなわけないだろ!? 僕レベルがついていっても、サラサに迷惑をかけるだけだ!」

「おかしな話です。ロードウルフの森から生き残れたのもシロさんのおかげ、そのあとタルーノさんから私を助けてくれたのもシロさん、灼熱酒場のピンチを救ったのもシロさんです。そんな自己評価が、信じられるはずがありません——!!!」


「いや……違うよ。僕はサラサに助けられて——」


 シロは反論を試みているが、サラサのシロへの高評価はかわらないらしい。

 やりとりを見るに、やはりシロはすごいのだとテレコは理解した。そもそもシロを召喚したのは自分だし、魔法が導いた男はやはり勇者に迫りうる一角だったのだ。


 自分こそが勇者になる、というような強迫観念は失ったが、しかし強い仲間と旅をしたいという思いは変わらずにあり、その相手がシロであればとても嬉しい気がした。


 だからテレコは、ぱんぱんと手を叩いて二人の会話を止めて、サラサに向かって言った。


「残念だけど、あたし、王女だし。それにシロを召喚した張本人。シロはあたしのパーティに加えるっていうのは確定だから、サラサは別のメンバーを探すこと——」

「——いや……僕はサラサと行くことにするよ」


 シロが何を言ったかが理解できず、テレコは呆然と言葉が止まった。


「本当に、この世界に連れてきてもらってテレコには感謝してる。でも、そのあと僕はサラサに命を救ってもらった。その恩を、僕は返せていない。もしパーティメンバーになることでできることがあるのなら、もう少し頑張ってみようと思ったんだ」


 やや頬を赤らめ、嬉し気にシロはそう言った。

 その表情に、彼のサラサへの気持ちが漏れ出しているように見えた。


 得体のしれない思いがテレコの中に溢れた。

 それはまるで、黒い炎のような。


「ふぅん。この国でそれが許されると思ってるわけ?」


 ここはミーチュリアで、テレコは王女である。


「——あ、いや……」


 シロもサラサも、すごく居心地の悪そうな表情を浮かべていた。


「あたしの召喚した召喚戦士を拐かした、なんて知れたら国家反逆にならないかしら、サラサ」


 真顔で言うと、二人の血の気がサーッと引くのがわかる。

 特にシロは動揺しており、テレコの心の炎が一層大きくなった。


 だからこそ、テレコは。


「ま、許すけどね」


 テレコはニヤリと表情を緩め、慈愛のような表情で二人を眺めた。


「ゆ、ゆるす?」


 間抜けな顔でシロは聞き返した。


「だって、ガブリエラ家は長年王家に仕えてきた大切な貴族だわ。その娘の願いを無碍にすることはできないでしょ」


「い、いいんですか!? テレコちゃん」

「ほ、本当か、テレコ!」


「別にシロがいなくても、あたしはパーティ編成に困ってないし」


「ありがとうございます! テレコちゃんは、最高のお姫様です!」

「でも、テレコは僕がいたままだと新たに戦士を召喚することができないんじゃないのか?」


「別に召喚戦士をパーティに加えなくてもいいし。あんたの料理をまた食べたくなるかもしれないから、処分もできないしね」


 ぷいっと顔を背けるテレコに対し、シロは「ありがとう」「ありがとう」と繰り返した。


 ああ、なんていう寛大な姫様。

 これほどあっさりとテレコが引いてしまったことに、シロはすぐ後悔することとなるだろう。


 ◆  ◆  ◆


 灼熱酒場を後にしたテレコは、ひとりぼっちの部屋でベッドに腰掛けていた。

 いつも口うるさくテレコに語りかけるメビルリムザはもういない。


 だからこそテレコは、自分の天命に虚飾されたまやかしから時放たれ、だからこそ新しい感情に翻弄されている。


 シロと一緒に旅をしたい。

 ただしそれは、シロがテレコに対して好意を抱いた状態で。


 しかし、いま現在のシロはただただサラサに気持ちを向けており、一方テレコはこの世界に呼び出したもののロードウルフの森で処分しようとした過去がある。


 どれほど自分が不利か、テレコ自身よくわかっている。


 それでも、自分はテレコだ。

 大国ミーチュリアの第一王女。


 誰からも愛されるこの国の偶像(アイドル)である。


 シロは、弱い。

 少なくとも戦闘においては。

 だからもし一人ぼっちになれば絶対に仲間が必要になる。


 すなわち。

 サラサさえいなくなれば。


 サラサさえ消し去って仕舞えば、シロはテレコとパーティを組みたいと強く願うだろう。

 そしてもしその先に魔王があいまみえることがあれば、その時に勇者になるのも悪くないかもしれない。

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