彼女の塩と僕の白い砂
僕の仲間は当然ながら、サラサの仲間もぜんぜん見つからなかった。
疑問は尽きないが、しかし僕はすっかりサラサを信頼していた。
彼女は明けっ広げで嘘を言っているようには見えなかったし、何より僕を助けてくれた恩人だ。僕は一人でダンジョンから脱出するのは不可能な中、いまサラサがいてくれることはとても心強かった。
ただしここはダンジョンの深部。強力な魔物とも多数出くわす。
「に、逃げましょう! あれはダメです!」
「あそこに強力な魔物がいます。迂回しましょう」
「ああ、無理ですね。あれには絶対かないません!」
サラサが倒せるのは小さな犬のみで、その他の魔物とは戦わないようだった。ダンジョン内は魔物だらけだ。結果として僕たちは、同じ場所をくるくると逃げ回るのみでぜんぜん進んでいる気がしない。このままでは僕たちは、脱出できずに力尽きてしまうだろう。それはさすがに本末転倒だ。
「あ、あのさ……サラサ。もう少し魔物と戦うことになってでも、まっすぐ進んだ方がいいんじゃないの?」
「そ、そうしたいのも山々ですが、命あっての冒険者ですから!」
「でも、サラサはスーパー祓魔師なんでしょ? 素人目だけどさ、もっと強い魔物も問題なく倒せると思うよ」
「そ、それはそうなのですが、冒険者には慎重さが求められます。『戦わずして勝つ』。これこそが最強の戦略ですから!」
堂々とそんな風に言うサラサ。
しかし、そのときに僕は気がついてしまった。彼女の足が震えている。疲れか、虚勢か。サラサも限界は近いのかもしれない。
ただし、幸運もあるみたいだ。
「あ、見てくださいシロさん! ダンジョンの実です!」
サラサが指差した先には、土壁に埋め込まれたような木があり、突き出た枝には実が生っていた
りんごくらいの大きさで、表面は深緑でツルツルしている。
サラサはそれをもぎ取ると、袖でこすって齧り付いた。
むしゃむしゃと美味しそうにまた一口と。
「ダンジョンの実は、ダンジョンの魔力を吸収して育つフルーツなんです! とっても栄養があるんですよ!」
サラサはまた一つもぎ取り、それを僕に投げ渡した。
お腹がペコペコなので、僕はありがたくそれを頬張った。
「……うわ。なんだこれ」
想像とぜんぜん違う味が口いっぱいに広がった。
フルーツだと言われたからなんとなく甘酸っぱいものを想像していたが、それはほぼ無味だ。アボカドなどの南国フルーツに近い気もするが、それらとはまた風味が違う。食感は豆腐のように柔らかく、よくいえば熟れており悪くいえば腐りかけに感じた。
香りもフルーツというよりも豆系というか、むしろ牛肉みたいな動物性タンパク質の匂いがする。
「えへへ。私も初めて食べたんですが、変わった味ですね」
「まぁ、確かに」
はっきり言ってまずいものだが、空腹にはありがたい。
水分も豊富なため、喉もだいぶ潤うし。それに確かに栄養豊富なようで、なんだか食べたら元気が出てきた。
だから、このタイミングがチャンスかもしれない。
「なぁサラサ。相談なんだが、これを食べたら魔物から逃げ回るのはやめて、もっと戦いながら進まないか?」
「そんなぁ、シロさん。ダメですよ無謀は。私たちの冒険は死んだら終わりなんですから」
「それはそうだが、このままだと永遠にダンジョンから出られやしない」
「でも下手に強い魔物に挑んだら、私はやられちゃいます」
「だったら、僕が先頭に立つよ」
「……え?」
ダガーを握る手に力を込める。
「祓魔師はたぶん、後衛系の職種でしょ? 僕が前線で戦っていれば、もっと自由に魔法が使えるはずだ」
少なくとも僕の知っている漫画やラノベではそうだった。
「それは、そうですが……。そんなことをしたら、シロさん、死んじゃうかもです」
サラサはなんと優しい少女なのだろう。
僕と彼女は先ほど出会ったばかり。しかも僕は一方的に彼女に助けられただけ。彼女が僕を助ける義理なんて、ないはずなのに。
「ごめんなサラサ。お礼が遅れた。助けてくれて、ありがとう。少しくらい僕も、君の役に立ちたいんだ」
仮に悪い結果になったとしても、それはそれでテレコが喜ぶかもしれない。
サラサは否定も肯定もせず、少し寂しそうに黙々とダンジョンの実を食べ続けた。僕もそれに倣って食べ続けるが、それにしても味気ないフルーツだ。
食べている間に、僕はふとこの実を配信で紹介するとしたらどうするかと考えた。
生のまま食べて、変な味だと紹介するだけだろうか。
僕は創作料理系配信者。
この食感であればプリンのようなデザートに変身させられるかもしれない。
いやむしろ、フルーツはデザートという先入観を捨て去ればおかずとしていけるのでは? 塩をかければ、結構肉っぽく食べられるかも。
などと考えていると、ふとサラサが魔法の媒介として使っていた塩が気になった。彼女はそれを胸元から取り出し、魔物に投げつけていた。おそらくそこに、皮袋のようなものがしまわれているのだと思う。胸の谷間に。
「ど、どうかしましたか!?」
サラサは顔を真っ赤にしている。
僕は不躾な視線を向けていたようだ。
「——ああ、ごめん! 変な意味じゃないんだよ!」
慌てて視線をそらし、彼女は細身だけど意外と胸はあるなぁなんて変な意味のことも一瞬頭によぎり、さすがに「清めの塩を試しにかけさせて」なんて言うのは失礼だよなぁという思いに到達した。
他の手段で塩を調達できないだろうか。
例えばここは洞窟内なのだし、地層に塩分を含んでいれば結晶化した岩塩がどこかに落ちているかもしれない。それを魔物に見つからないように探すのは困難だろうか。
だいぶ暗い中で、白っぽい結晶を見つけるのは現実味が薄い。
——ん?
白っぽい結晶?
僕はふと自分の指先が気になった。イメージし、力を込めるとそこから白い砂が溢れてくる。白い砂、とは要するに光を乱反射する表面がざらざらした細かな結晶ではないだろうか。
これ、もしかして塩なのでは?
試しにそれを舐めてみた。
毒だったらどうしよう、なんて思い至ったのは口に入れる直前で、しかしその味が口いっぱいに広がった瞬間にそんな恐怖は霧散した。
この味は——
「——逃げてください!」
サラサの叫び声が、僕の耳朶を強く震わせた。




