蝸牛
「これであとはおまえたちを処分するだけだ」
いまこの灼熱酒場には、テレコとメビルリムザ、僕、ヒートレオン、サラサしか残っていない。ここに集まった冒険者たちでさえ、束になっても目の前の使い魔に敵わない。
それはビリビリと震える殺気。それは魔力の素養のない僕にさえ届く。
「……お、おい。ちょっと待ってくれよメビルリムザ。わ、悪いのは俺だけじゃねーか。俺がこの店の責任者だぞ!」
一歩前に出るヒートレオンはしかし、その声が震えている。
「いや、ないな。むしろこの中で誰か一人生かすとすればおまえだ。確実に処刑しなきゃならないのはシロとサラサだ」
「そんなのおかしいだろ!」
「何もおかしくはない。魔法薬はシロのスキルによって生み出されている」
「ひゃ、百歩譲ってそれは正しかったとして——」
ゆ、譲らないで!
「サラサちゃんは関係ねぇ! うちの給仕をやってただけだ!」
「そうだな、まったく関係ない」
「本当に関係ねぇんだ! 本当だ! ……え、ちょっと待てよ。そうなの?」
「ああ、魔法薬とは無関係だ」
「え、ちょっと待てよどゆことだ? サラサちゃんは助かるってことか?」
「いや殺す」
「なんでだ!」
「サラサはカラーブラッドだ」
「…………?」
ヒートレオンはぽかんと言葉を失った。
僕も意味がわからない。
「それになんの関係があるのさ」
メビルリムザは鋭い目をさらに細めた。
「サラサが才能を開花させ、優秀な冒険者になるかもしれない」
「それが?」
「危険な芽は摘むべきだ。魔王様が復活なさるというのに」
メビルリムザはもう僕たちを処分すると決めているので、本音を喋ったのだと思う。もう何を喋ったとしても、僕たちの言葉は外に届くことはないから関係がないのだ。
僕はメビルリムザを勘違いしていた。
「メビルリムザは、テレコの使い魔じゃなかったんだね」
「? だったらどうした」
メビルリムザが仕えているのは魔王であって、テレコではない。
仲間で、テレコのパートナーとなって支えているのがメビルリムザだと思っていた。しかし実際は、テレコを利用していたに過ぎなかった。
そして実際、仰向けに倒れるテレコはメビルリムザに魔力を吸われどんどん血色を失っている。
王女の使い魔ともあれば、そこに善意の一つもあるかと思っていた。なにせ僕自身、このアジノ乇卜が魔法薬でないと断言できないのだから。しかし改めて考えれば、アジノ乇卜に関してあのロードウルフも、善意の塊で魔法に精通するサラサでさえも何も問題を指摘していない。
問題ないものを問題あるように見せ、本当の目的を裏に隠していたのだ。
「戦ってもいいんだな、と思って」
震える体を誤魔化して、僕は虚勢を放った。しかしそんな僕の頭の中に、唐突な声が届いた。
——ダメだよ逃げなきゃ
足元には尻尾を振ってすり寄るアミノの姿。この使い魔が、僕の頭に直接語りかけている。
——あれはロードウルフ様に比肩しうる魔族だ。戦っちゃいけない
テレコだって相当の手練れなはずで、僕の見立てでもサラサよりも遥かに強い。そのテレコに取り憑いている魔族なのだ。
どうやって逃げる?
どうやって逃げる?
僕が囮になれば、アミノがサラサとヒートレオンを連れ出すことは可能か?
あるいは倒れているテレコも助けなきゃ。
そんなの、僕が囮になったところで、無理——
「————魔力吸収!」
塩、ふぁさー。
メビルリムザ、ふしゅー、しゅるるるるる。
「ぐ、ぐ、ぐぇええええええええええ!!! なな、何をした!」
「え、ちょっと待ってください! 想像以上に効いてます! 効いてますよ、シロさん!」
メビルリムザ、塩でめっちゃ溶けてる!
あ、たぶんメビルリムザって元々カタツムリ的な巻貝だから、浸透圧で水分が抜けちゃうんだ!
「いいぞ、もっとやるんだサラサ!」
「魔力吸——」
「あ、それは大丈夫。塩をかけるだけでいいよ」
「え、そうなんですか? えい! えい!」
しゅるるるるるる。
「ぐええ。死んだん——」




