【SIDE テレコ】何よりの証拠
テレコは徳を積んでいる。
少なくともこの国において、困っている民がいれば助け、少しでも暮らしやすい国になるようこれまで尽力してきた。それがたとえ、勇者になりたいという打算のもとであろうとも。
だからもっと、簡単に民衆を扇動できるはずだった。
もっと簡単に、灼熱酒場を断罪できるはずだった。しかしアジノ乇卜と呼ばれるそれの効力は思いの他高いのか、皆まだ灼熱酒場の無罪を望んでいる節があった。
しかし、この方向に話が進んだのは悪くない。
これでテレコ自身が実際に食事をして、それが魔法薬だと断罪すればすべてが終わる。たとえそれが、本当は魔法薬じゃなかったとしても。
逆にしっかり魔法薬が使われていたとしても、テレコの反魔法を突破できるはずがなかった。なにせテレコは国一番の魔法使いの一人だ。
さらにいえば、サラサは『私たちは魔法薬なんて使っていません!』と言った。だから断罪すれば、同時にサラサの責任も追求できるのだ。
さぁ、すべての準備は整った。
テーブルについたテレコの前に、数々の料理が運ばれ始める。
スープやサラダ。あるいはゼリーのような綺麗な食べ物は何と言うのだろう。順番に給仕されるためか、肉料理はないが、しかしテレコが食欲をそそられるには十分だった。
また一皿をシロがテーブルに並べ、そしてテレコを見た。
「どんな結果になろうとも、僕はテレコに感謝してるんだ。僕をこの世界に召喚してくれて、どうもありがとう」
まっすぐ目を見てお礼を言われ、テレコは面食らう。
「はぁ? あたしがするのは確認よ。それが終われば、あんたは処分」
「初めて出会った日から、どんなものが口に合うか考えてきた。さあ」
清々しいとも呼べる表情で、シロは笑った。
「たーんとお食べ」
どうしてだかはわからない。
しかしその言葉で、テレコから余計なものが消えた。まず聴衆が消え、サラサとヒートレオンが消えた。そして最後にはシロさえも。
目の前には、宝石のような料理しかなくなった。
見慣れた料理から、見たことのない料理まであるが、テレコはその中の一皿を選び香味アジノ乇卜を振りかける。
次の瞬間、回避不能の芳醇な香りが鼻腔に届き口からよだれが溢れ出した。
欲望に自我が薄れ、テレコの手は勝手に動きその料理を口に運んだ。
——旨い
さらに一口運ぶと、電撃のような快感が脳を貫いた。
——旨い
もはや勝手に手が動き始め、テレコの自我は消滅した。
——旨い
次々運ばれる料理を口に運ぶだけの、テレコは自動人形と化した。
——旨い
旨い旨い
旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い
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◆ ◆ ◆
「これでわかったぬ」
気がついたら、テレコは満腹で仰向けで倒れていた。
頭はぼーっとしていて、その上で素晴らしい満足感に包まれている。
よく回らない頭に、メビルリムザの言葉が上滑りする。
「おまえらに配られた『香味アジノ乇卜』、あるいはこの店の料理に魔法薬が使われたということだぬ!」
「ま、待ってください! だ、断じて魔法薬なんて使われていません! テレコちゃんは単に美味しくて我を忘れちゃっただけです!」
「そんなわけないぬ! ここに倒れてるテレコは立派な証拠だぬ!」
「ど、どうなんだ?」「いやでも、テレコ姫が魔法にかかるなんておかしいよ。どうして国一番の魔法使いの反魔法が破られるのよ」「まさか……本当にただ満腹で倒れてるだけだって言うの……?」
「ほらテレコ、起きるんだぬ! みんながテレコに裁定を下して欲しがってるんだぬ!」
テレコにとってこんな快感は生まれて初めてのことだった。
さらにいえば、近頃は勇者にならねばというプレッシャーで常に緊張にさらされ、これほど気持ちが弛緩したのもいつ以来かわからない。
とにかく心地よく、だからこそ難しいことは考えたくなかった。
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何かが頭を鳴らしたが、それが何かわからない。
「テレコ! はっきり言うんだぬ! この料理に魔法薬は使われていたのか、使われていなかったのか!」
メビルリムザの声がうるさい。
この快感に身を委ねるために、がなり声は聞きたくなかった。
どうやらテレコは答える必要があるらしく、半覚醒状態の頭では問題に素直に答えることしかできなかった。
「使われてないよ」
あたり一帯に歓声が響いた気がしたが、そんなものテレコにとってはどうでもいいことだ。
「テレコ! 自分が何しにきたか忘れたのかぬ? サラサがここで仲間集めしていることも思い出すんだぬ。もう一度聞くぬ。料理に魔法薬は、使われていたかぬ?」
「——だから使われてないって言ってんじゃん! だからもう黙ってよ!」
テレコはいまはただこの快感に、ただ浸かっていたかった。




