似たもの同士
思い返すまでもなく当然なのだが、僕は勇者の器じゃない。
運動も勉強も不得意だし、気の利いたことの一つも言えないからか友達さえほとんどいなかった。
孤独な学生時代を過ごし、就職活動にも失敗した。
当初は実家に寄生していたが働きもしない僕は数年で追い出された。手切れ金だとある程度まとまった金銭を渡され、それが尽きるまでになんとか生計を立てねばならなかった。
しかし僕は、日雇いバイトさえまともにこなすことができず、最終的に辿り着いたのが動画配信業だ。
小さい頃から両親が家を空けることがあった僕は料理だけは人並みで、オムライスを作る動画を配信したらビギナーズラックで収益基準の視聴数に到達した。
蜘蛛の糸をたぐるように、僕はなんとか生活を成り立たせる手段を手に入れることができたのだった。
それが僕のすべてだ。
僕に勇者の素養があるだろうか。知力も体力もなく要領も悪い僕が、勇者候補だなんておこがましい。
ここで魔物に喰われて死ぬ方が、この世のためになるんじゃないか。
そうすればテレコは、強いスキルを持った戦士を召喚できるかもしれない。
しかし僕の悲観は、犬の魔物を見つけた瞬間吹き飛んだ。
骨を噛み砕かれる痛みを思い出し、魔物に喰われながら死ぬ恐ろしさを想像して逃げ足は自動的に動き出した。
どこが出口かもわからないまま必死で走るが、しかし足場はゴツゴツしており視界も悪く、何かに躓いた。
転んで起き上がりもせず振り返ると、三匹ほどの犬の魔物が僕に飛びかからんとしていた。
ああ、死ぬな。
そう思った瞬間。
「魔力吸収」
鈴のような声が聞こえ、同時に中空で犬たちは光の粒へと形を変えた。
「——だ、大丈夫ですか!?」
影のような何かが走り寄ってくるが、暗いダンジョン内でその姿はよくわからない。
その人物は僕のすぐそばまでやってきて「怪我はないですか?」と僕に触れようとした。
「だ、大丈夫だ。本当に!」
僕は飛び起き、両手をバタバタして元気なことをアピールした。
ダンジョン内で出会った相手だ。追いはぎでないと決まったわけじゃない。
「よかった! 元気そう! お一人ですか?」
相手はどうやら少女らしい。
体格はテレコよりも小柄で、ダンジョンに似つかわしくないほど快活な声で僕に話しかける。
もし一人だと正直に話したらどうなるだろう。
すぐさま彼女の仲間が駆けつけ、僕の持ち物を奪うのではないだろうか。まともな持ち物がないと知られれば酷い目にあわされるかもしれない。
とっさに僕は嘘を探す。
「じ、実は仲間とはぐれちゃってさ、すぐ近くにいると思うんだけど。はは。——あ、助けてくれてありがとう!」
「ええ!? 偶然ですね、実は私もはぐれちゃったんですよ!」
暗闇に少女の大きな目がギロリと光る。
少女は僕の手をとって、嬉しそうに続けた。
「本当にいま不安で……どっちが出口かもわからないし。でも人がいて安心しました! あの、お名前を聞いてもいいですか!?」
「あ、ああ。僕はシロオ」
「私はサラサです! さぁ、一緒に仲間を探しましょう、シロさん!」
ところで世界ではシロオって発音しづらいのかな?
いずれにせよ、僕一人だとこのダンジョンではどうしようもない。
朗らかな声の少女にありがたく、僕はついていくことにした。
「仲間を見失うなんてお互いに本当に迂闊ですね〜」
「お食事はダンジョン攻略前にしっかりとったんですけどもうお腹ペコペコで」
「ダンジョンって地図がないみたいなんですよね〜。入るたびに地形が変わるとかで。大自然パワーってやつでしょうか」
サラサはとてもよく喋る少女だった。
聞いてもいないのに言葉が尽きず、コロコロと表情を変えながら喋る姿は本当に楽しそうだ。
「それにしてもダンジョンってたくさん魔物がいますよね! しかも襲いかかってくるし、私びっくりしちゃいました!」
「……ダンジョン探索は慣れていないの?」
「初めてです!」
「へぇ、意外だな。てっきり名うての冒険者かと思ったよ」
「そう見えますか。えへへ」
サラサはとても嬉しそうに笑顔の華を咲かせた。
「でもシロさんの見立ては正しいです。いまはまだ初級冒険者ですが、すぐに私は世界に名を轟かせます!」
希望に満ち溢れ、見ているだけでこちらまで幸せになるような朗らかさ。
悪人だとは到底思えないし、彼女に出会えたことは幸運だ。
などと考えていると、あたかも空から降ってくるように再び犬の魔物が飛びかかってきた。僕は決死の覚悟で先ほど手に入れたダガーで振り払う。それは見事に胴を捉え、犬の魔物は横に吹き飛んだ。
やった!
とりあえず防ぐことができた。なんだか思ったよりも強い力が出た気がするし、これは良いアイテムなのかもしれない。しかし、ダメージ自体はまったく与えられなかったようで、魔物は再び地面を蹴って僕に飛びかかってきた。
「魔力吸収」
見ると、彼女は服の胸元から何かを取り出し、犬の魔物に投げつけていた。粉のようなものだった。それが魔物から何かを吸い取り、次の瞬間には魔物は光の粒となって霧散した。
「……すごいな。ひょっとして、君は召喚戦士なの?」
魔物を消し去るのは凄いスキルな気がしたので、僕はそう尋ねた。
「あ、いえいえ。私は祓魔師です!」
「えくそ……しすと?」
彼女はピンと胸をはり、誇らしそうに答えた。
「はい。魔物は基本的に魔力の結晶ですから、それを祓うことは可能です」
「何を投げつけてるの?」
「ああ、これはお塩ですよ」
「お塩?」
「あはは。変ですよね。お塩で邪気払いはミーチュリアの文化じゃないですから。母が銀鱗出身なもので、私はお塩を媒介にして魔法を使うのがあっているみたいです」
ミーチュリアやギンリンというのは地名だろうか。
「魔法にも地域性があるんだね」
「塩媒介術はいずれ、スーパー祓魔師サラサの考案として世界に広がる予定です!」
よほどその方法が好きなのだろう。
霊的なものに塩を撒く感覚は僕にもよく理解できる一方で、祓魔とは違う気がする。まぁ彼女が楽しそうだから否定する気はないのだけれど。




