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異世界アジノ乇卜  作者:
君のための新食感

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28/40

ヘッドハンティング

 この街一番の酒場——セントラル・バル。

 抜群の立地によりたくさんの冒険者が立ち寄る上で、新鮮な肉が提供される最高の店だ。


 それに対して僕たちの灼熱酒場は立地が最悪な上に知名度もまるでない。その上で生肉を扱えないというハンデがある。タイマンを張れば、間違いなく負ける。


 だから僕は、相手の知名度を利用できないか考えた。

 つまりはコラボ、である。


 セントラル・バルのシンプルかつボリューミーな肉。

 そのまま食べてももちろん旨いが、しかしその先の旨さもある。引き出すのはアジノ乇卜だ。


 僕はヒートレオンと共に、アジノ乇卜を使った新調味料開発した。

 ニンニクのような香味野菜を細く刻み、大量のアジノ乇卜と塩を振りかけて炒めたもの——香味アジノ乇卜だ。もしこいつの匂いを嗅げば、よだれが止まらなくなること請け合いの調味料。


 セントラル・バルのステーキに振りかければ香りも旨味も爆発し、逆にそれがなければ物足りなく感じるようになってしまう。家系ラーメンのすりおろしニンニクのように。


 僕たちの条件では、アジノ乇卜単体で売り込むことは難しい。

 しかしセントラル・バルのメニューに便乗することでアジノ乇卜のよさを売り込むことは可能だ。


 そのため、まずはヒートレオンには素性を隠してセントラル・バルの近くで小袋に分けた香味アジノ乇卜を配り歩いてもらった。もちろん断られることも多かったようだが、日に日に渡す成功率は上がり、一度渡した相手のリピート率は八割を超えた。次第に客の方からヒートレオンを探すようになり、ものの数分で香味アジノ乇卜は捌けるようになった。


 香味アジノ乇卜が浸透したタイミングを見計らい、僕たちはそれに値段をつけた。最初は低く設定し、次第にそれを吊り上げた。利用客の多くがこちらの吊り上げについてきた。多少の出費があったとしても、彼らは香味アジノ乇卜が欲しいのは間違いなかった。


 それでも、彼らにも懐事情がある。あまりにも高額な香味アジノ乇卜を買い続けることは破産をもたらす。


 だから、別の選択肢を用意してやる。


『灼熱酒場では安く香味アジノ乇卜にありつける』


 僕たち(マーケティング)は見事に嵌った。

 セントラル・バルの客の一部を灼熱酒場に流すことに成功し、閑散としていた灼熱酒場に活気が生まれたのだ。やってきた客はそこで出会う、アジノ乇卜の使われた旨味の強い数々の料理に。


「味塩チャーハン」

「あいよ!」


「まろやかピクルス」

「あいよ!」


「香味アジノ乇卜のステーキ3つ!」

「あいよ!」


 元々生肉の仕入れも保管もできなかった灼熱酒場だが、今はそうじゃない。

 客の入りが増えたことによって生鮮肉屋から当日分の肉を仕入れることができるようになった。これにより、他店よりも圧倒的に旨味の強い肉を提供することができる。


 そして、アジノ乇卜料理を給仕するのはサラサである。


「お待たせしました! 味塩チャーハンです!」

「すぐにお待ちしますね!」

「はーい、今伺います!」


 メイド服に身を包みテキパキと料理を運ぶその姿は、決してセントラル・バルのように露出度の高い女性がいるわけではないにもかかわらず冒険者たちの視線を集めている。

 立派な看板娘だ。


 カウンターの奥で料理を手伝うかたわら、僕は食事をしている客に話しかけられた。


「この店もずいぶん賑やかになったねぇ」

「え、ええ。おかげさまで」


「あのヒートレオンがここまで店を立て直すなんて驚きだ」

「お知り合いなんですか?」


「ああ、幼馴染さ。頭が回るタイプじゃねーから、商家に騙されてるだけかと思ってたが、そうでもなかったってことかい」

「そうでしょうね」


 男はなぜか怪訝な視線で僕を見つめた。

 僕はその視線から逃れるように、盛り付けの手をはやめた。


「あんたのおかげだろ?」

「……何がですか?」


「ヒートレオン一人でこの店を盛り返せるかよ。かと言ってあのお嬢ちゃんがやったとも思えねぇ」

「それはどうかな。ヒートレオンは、十分すごいですから」


 男はニヤリと笑った。


「いいやつだな」 


 面識のない男にそんなふうに言われ、なんだかテレてしまう。


「こうやって働けるのはヒートレオンのおかげですよ」

「いや、あんたはどこでも働けるだろう。……ところでここではいくら貰ってるんだ?」


 話が変な方向に飛びそうな気がした。


「いくらって、どういうことですか?」

「そのままの意味だ。給料は?」


「……いえ、実はもともと住む場所にも困ってたので。住み込みで食事もいただけるので、それだけです」


 男は目を丸くする。


「それはよくないな。……そうだ、うちで働かないか?」


 急な提案に、一瞬意味が理解できない。

 男は続けた。


「おまえは見るからに手際がいいし、セントラル・バルに来てくれるならば本当にありがたい。給与も、ここみたいに無給なんてもってのほかだ。そこらで働くよりも遥かに豊かに暮らせるだろう」


 この男はつまり、セントラル・バルの関係者なのだ。

 おそらく悪くない提案をされているのだろうが、どうにも僕の琴線には触れなかった。


「いえ、まだ僕はここで働き始めたばかりですから」

「……ほう。それは残念だ」


 男は口をふき、立ち上がる。


「じゃあ、今日はご馳走様。縁がなくて残念だ」


 食事の代金を僕に渡し、男は僕に背を向けた。

 

 ずいぶんあっさりとした引き抜きだ。

 そこまで簡単に引かれると、なんだか重要なチャンスを逃したような気になってくる。たしかにここよりも明らかに給料は高いだろうしな。


 さらに男は去り際に振り返り、重ねるように言ったのだった。


「おまえを救えなくて、本当に残念だよ」


「シロさん、アジノ乇卜マッシュポテトをお願いします!」


 サラサからの注文を受け、僕は仕事に戻った。

 いそいそと配膳の準備をしているうちに、僕は男の話を忘れていった。


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