【SIDE テレコ】使命
テレコ・ピンクブラッド・エクシミリティはミーチュリア王国の第一王女である。
歴代屈指の美姫とされ、その名声は国中に響き渡っている。肩に乗せたメビルリムザとともに国のアイコン的存在だ。
城下町の視察をすればテレコは皆の視線を奪い、たくさんの感嘆の声を受ける。
「テレコ王女だ! ああ、今日もなんて美しいんだろう。メビルリムザ様もいる!」
「文武両道、魔法の天才。いったい神はどれほど彼女を贔屓するのかしら」
「どうか世界をお救いください! 我らが姫よ!」
それぞれの国民の表情を見れば、どれほどミーチュリア王の政治が上手くいっているかがわかる。我がことのようにテレコはそれが誇らしい。
「お、王女様!」
テレコの乗っていた馬車の前に、一人の少年が転がり出てきて両膝をつき、頭を下げた。
不敬だぞとの声が飛び交うが、テレコはにっこりと微笑んだ。
「いいよ、気にしないで」
馬車から降り、そして頭を地面に擦り付ける少年の前にしゃがみ込んだ。
「どしたん?」
「……あ、あの、どうかお助けください。ハーム山道に魔物が出ております。ハーム山道は交易に重要な場所で、父は昨夜から討伐に行ったのですが、か、帰ってこないのです」
「そっかぁ」
テレコはただ頷くが、しかし肩に乗った使い魔は喚きだした。
「小僧が、そんなことはテレコに頼むべきじゃないぬ! 討伐失敗は自己責任だぬ!」
メビルリムザはぴょこぴょこ角を突き出しながら少年を叱りつけた。
「昨夜のことであればもう手遅れだぬ!」
使い魔の直接的な言葉にテレコはため息をつくが、優しい表情をして顔を近づけ耳元で囁いた。
「もうダメかもね」
「——い、いえ、ですが」
「期待しないで」
少年の顔は青くなり、そして涙さえ流し始めた。
「しし、失礼いたしました。そ、その、ええと……テレコ様の、貴重なお時間を……」
ふらつきながら立ち上がり、少年は立ち去ろうとする。
その肩を、テレコはつかむ。少年が振り返る。
「勘違いしないで。見てきてあげるって言ってんの」
「テレコは優しすぎだぬ」
テレコは一歩、二歩と歩を進めると、それに応じて体が空気に解けゆくのを感じる。民衆は歓声を上げるが、それを最後まで聞くことはできない。
転移魔法。
それはテレコのもっとも得意な大魔法だ。
霧のように溶けたテレコは、次の瞬間にハーム山道のゴツゴツした岩場に降り立つ。確かにそこは魔物の気配が充満している。
近くにダンジョンがあるにしても、この気配は異常な気がした。気配を頼りに歩みを進めると、すぐにそれを発見した。
「羽蜘蛛だぬ」
「けっこうデカいわね」
無数の複眼が一斉にテレコを捉えた。
その魔物は巨大な羽虫だ。ただし蜘蛛のような粘着性の糸で罠を作り、縛り付け、生きたまま餌を保管する性質を持つ。
霧地帯で目視しづらい糸を魔力をもって確認し、テレコは触れてみた。
「うわぁ、めちゃネバ」
指から糸を引き、ベタベタしてテレコはゲンナリした。
「糸は触らない方がいいぬ」
「知ってる」
糸には羽蜘蛛の魔力が流れており、触れたものの魔力を遮断する。糸を引き剥がそうとすればするほど絡まり、そのまま繭のように包まれてしまう。羽蜘蛛はそのまま動かなくなった対象を、生きたまま四肢より喰い千切る。
テレコはその場所から離れようとするが、しかし糸は強力な粘性と圧倒的な強度を誇り離れられなかった。
大きな羽音を立てながら、八本足の魔物が飛んできた。
口元はよだれがダラダラで見ているだけで気分が悪くなる。
「この魔物って餌を保管するんじゃないの? なんで腹ペコみたいな顔してこっちくんのよ」
「タイミングじゃないかぬ?」
動きの封じられたテレコに、魔物の大口が迫った。
ただし無数の牙は空を切った。ガチンと高い音が鳴って、羽蜘蛛
はあたりをキョロキョロと見渡した。
「教えてあげる。君の弱点」
テレコは複眼の死角に立つ。
不思議そうに羽蜘蛛は振り返る。
振り返ったときにはすでに、テレコの頭上には巨大な火球ができている。
「糸に魔力が通らないことだよ」
テレコの指先の一振りで、火球が羽蜘蛛を飲み込んだ。
羽が焼かれ、それでも自分の体を守ろうと懸命に糸を巻きつけるが、それが間に合うことはない。
焼け爛れた匂いが立ち上る途上で、他の魔物と同様に光の粒となって消えた。
「ふぅ」
「余裕だぬ。さすがテレコ」
「そりゃこのレベルの魔物ならそうでしょ」
「ところでベタベタはどうしたんだぬ?」
「ああ、あれはね」
羽蜘蛛の糸は触れると粘着質で魔法も通さない。それは魔術師にとっては致命傷になり得る攻撃だが、しかし転移者にとっては逆だ。
「転移魔法でくっついてこないから楽ちんだったよ。服とかメビルリムザとか、魔法が通るから一緒についてこれるわけでしょ? 糸は違うから」
何せ魔法を通さない糸はついてこない。
湯浴みで落とす必要もないから楽だな、とテレコは思った。
「さ! 探しちゃおう。さっきの男の子の、お父上」
「平民には強い魔物だったぬ。厳しいんじゃないかぬ?」
「いや、平気だと思う」
テレコがそう思ったのは勘ではない。
なにせ、羽蜘蛛は空腹だった。羽蜘蛛の食事は数日おきなので、いま空腹なのであれば先日行方不明の男は生き餌として保存されている可能性が高い。
さらに、気配から見るに羽蜘蛛は付近で圧倒的に強いだろう。であれば他の魔物が羽蜘蛛の餌に手をつけることもない。
テレコは五分もかからず、繭のような何かが置いてある岩場を発見した。
「ほら、やっぱり!」
そして糸を切り裂き中身を見ると冒険者の男が入っていた。
意識こそないが、息はある。
テレコは男に触れつつ、転移魔法で街に戻った。
群衆はまるで時でも止まっていたかのように、テレコが移動する前と変わらず集まったままだった。
特に少年は、もしかすると一歩も動かなかったのかもしれない。
同じ場所で同じように不安げな表情を浮かべていた。
「この人、あなたのお父上であってる?」
「…………はい」
「大丈夫。生きてるよ」
テレコが回復魔法をかけてやると、気を失った冒険者の男の目が開いた。
「あれ……ここは……?」
「ほら、ね」
少年は大粒の涙を流した。
そして、周りの観衆たちも歓声をあげる。
「テレコ様! なんて素晴らしいんだ!」
「勇者様だ! 我らが姫こそが、勇者様に違いない!」
「この国にテレコ様がいることは、どれほど幸せなのだろう!」
テレコは少年に向かって言った。
「じゃあ、そういうことだから」
「ああ、あの……ど、どんなお礼をすれば良いか……」
「別にそんなのいいんだけど、でもじゃあ、あたしを崇めること」
「そんなこと自分で言うもんじゃないぬ」
メビルリムザがうるさいけれど、テレコは言いたくなってしまう。
「いい? これからあなたの勇者も、聖女も、偶像も、姫も、ぜんぶあたし」
少年はぽかんとしていた。
しかし慌てたように、何度も首を縦に振った。
「他のみんなもわかったわね! あたしを崇める限りにおいて、この国は守ったげるから!」
再び起こる地響きのような歓声を一身に受け、テレコはほと走るような快感を得た。
これでこそ、テレコ。
コンバレト屈指の大国、ミーチュリアの第一王女。
そして、ここに集まる領民はすべてテレコのもの。
だからこそ、守ることもまた責任。
——君が勇者となって世界を救うんだよ
だからその声は、正しい。
なぜなら彼らを救うのは絶対に自分の役割だから。




