【SIDE タルーノ】錯覚
サラサと冒険者はダンジョンから生還した。
タルーノの見立ては、直接冒険者を前にしても変わらなかった。それはあまりにも弱い、石を投げればぶつかる低レベル冒険者だ。
にも関わらず、サラサはシロという男のことを誉めそやし、彼のおかげで生還できたと断言した。
「このダンジョンにはロードウルフがいたはずですが、出会わなかったのですか?」
実際彼らは出会い、逃れたのはわかっていたが、タルーノはカマをかけた。
「ええ! もちろん出会いましたとも。そこはシロさんのスーパースキルによってロードウルフの隙をつき、絶体絶命のピンチを逃れたということです。もしシロさんがいなければ、私は死んでいたでしょうね」
さらにサラサは自分の幸運について楽しそうに話し、その様子は家族に見捨てられた少女とは到底思えなかった。
「それでなんですが、よければシロさんもお呼びしてみんなで食事をしませんか? ダンジョン脱出記念に——」
「ダメです」
冒険者に対するタルーノの感覚と、サラサの評価が合わない。
やはり未知の能力を使うかもしれない。いずれにせよ無理をすることはない。そこでシロとは別れるよう促し、シロの気配が別の道に進んだところでタルーノはサラサを鞘打ちして気絶させ、木に括りつけた。
こうなればダンジョンの外の弱い魔物でも、夜明けまでにサラサを屠ることができるだろう。
あとは放っておくだけ。
しかし、この日は何事も上手くは行かなかった。
それは意外なほどすぐにサラサが目を覚ましたのもそうだし、シロがなぜか戻ってきてサラサの存在に気がついたのもそうだ。シロはあっさりとサラサの拘束を解き、二人で街に向かおうとしていた。
そこでやっと、タルーノは覚悟が決まった。
別に二人を抹殺すれば良いではないか。
死体に自分の痕跡が残ったとしても、あとで事故に見せかける偽装をすれば良いではないか。
「あ、よかった! タルーノさん!」
サラサは本当に能天気に手を振ってきたが、彼女の死を家族が望んでいることを伝えると彼女はドロのように動かなくなった。
その彼女を守るようにシロが両刃剣を振るうが、何度も思った通り彼は本当に弱かった。タルーノの攻撃には一切ついてくることができず、ヤケクソ気味の反撃は非力な上に的外れだ。
だからまずはサラサを殺した。
投げた剣が彼女の体液を飛散させ、それを見てシロは激昂した。
そして、これでシロの底は明確になった。
絶体絶命のピンチにも関わらず、彼は特殊なスキルを使おうとはしなかったから。
本当にただの低レベル冒険者。
それでも彼がロードウルフから逃れられたのだとすれば。
「魔物を騙し、ボスを欺き、そしてあろうことかサラサさんを裏切ったわけだ!」
高名な貴族に借りを作ったつもりなのだろう。
「この薄汚い卑怯者がぁ」
もはや恐ることは何もなく、こちらの攻撃を浴びせかけるばかり。
陽が落ちてしまいあたりの魔物が増えてきたためシロだけの生命力を感知することが難しくなり、さらに集中力を高める。
確かにシロは能力以上のタフさがあって、タルーノが飽きるほどの攻撃に耐え続けた。ひょっとすれば、その生命力こそが彼の特殊性かもしれなかった。
それでもついにはうつ伏せに倒れ、タルーノはさらにその背中を何度も踏みつけた。
シロは、タルーノの足を掴み離さなかった。
意味のないことだと思う。
もはや力を抜いた方が楽に死ぬことができるだろう。
それでも彼は顔をあげ、理解不能なことに、力強い視線をタルーノにぶつけてきたのだった。
「たった一つだけできることがあるんだ」
死に損ないの捨て台詞。
サラサもすでに死んだ中で、この戦いになんの意味を見出すのか。
タルーノはそれを聞いてみたくなった。
「良いでしょう。今生の最期の言葉として聞いて差し上げましょう」
「夜食にしないか? 何か、美味しいものを作るよ」
「死ね」
タルーノが最後に強く踏みつけると、ついにシロは動かなくなった。
難しそうに見えて簡単で、すぐ終わりそうに見えて時間のかかる仕事が終わった。
あとはサラサに魔物にやられた痕跡をつけて、適当な話をでっちあげるだけだ。
もうすぐ終わる。
それは明らかで。
だからもう、タルーノの気は抜けていた。
「——魔力吸収」
白い粉がタルーノに降りかかり、同時に叫ばれる鈴を鳴らしたような少女の声。
粉は剣の一振りで吹き飛ばし、声の主を視界に捉えた。
不思議なこともあるものだ。
「先ほど殺したはずでは? サラサさん」
「さあ? 勘違いじゃないですか?」




