シロの足跡
「本当はもっと確実に魔物にやられた体にしたかったですが、少しくらいはしょうがないですね。背に腹は変えられません」
「タルーノォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ——————」
僕はタルーノに闇雲に切り掛かった。
何度も何度も何度も何度も。
しかし刃は空を切るばかりで、決してタルーノに届くことはない。
「——なるほど、つまりはそういうことですね!! あなたは虚言のみを駆使してダンジョンから生還したんだ! 魔物を騙し、ボスを欺き、そしてあろうことかサラサさんを裏切ったわけだ!」
目を血走らせ、笑気でも吸ったかのように狂った笑みでタルーノは続けた。
「このタイミングになっても何もできないってことはそういうことなのでしょう! なんですかその無駄で非力な攻撃は!」
息が切れてもふらついても、僕はそれを続けるしかない。
「心酔してましたもんねぇ彼女。あなたはすごいスキルを持った召喚戦士だって! それでうまいこと彼女を囮につかってロードウルフから逃れたのですか!? 素晴らしい機転と狡猾さですねぇ! この薄汚い卑怯者がぁ」
そして残念ながら、タルーノの言うことはその通りだった。
僕はなんの力もない、物語の端役に過ぎない。
異世界に召喚されたなどと浮かれ、できることといえば指先から調味料を召喚することだけ。
運動神経も悪く機転も利かず、もしここまで生き延びられた理由があるのだとすればそれはサラサやみんなに助けられたからだ。
そのサラサはたった今、タルーノの攻撃で血を吹いた。
なんて愚か。
なんて卑怯者。
だからこそ僕は、あたりもしない剣を闇雲に振り回すしかできなかった。
「本当に……弱いですねぇ」
唐突にタルーノに腹を蹴られ、僕はダガーを落とした。タルーノは器用に回し蹴りをして僕は頭から地面に崩れた。
うつ伏せに潰れた僕の背中を、タルーノは何度も踏みつけた。
「こんな雑魚に時間を使った自分が馬鹿らしいですね。さて、サラサさんですが私の剣で致命傷を負っていては体裁が悪い。さっさと細工をしてしまいましょう」
僕の元から離れようとするタルーノの足を掴む。
「なんですか? しぶといですね」
タルーノはそれを逆足で踏みつける。踏みつける踏みつける。
それでも僕は手を離しはしない。
「それほど防御力が高いタイプとも思えませんが……」
踏みつける踏みつける踏みつける。
それでも手を離すわけにはいけない。
「……まぁいいでしょう。先に死にたいと言うのであれば、それはそれで」
「なぁ、タルーノ」
顔を持ち上げ、タルーノの表情を見る。
虫ケラを見る目で僕を見下している。
「まだ喋れますか。そのしぶとさはゴミムシ並だ」
「……おまえの言う通り、僕は何もできなんだ」
「ええ知っていますよ。何を今更」
「弱いし、卑怯者っていうのも図星を突かれた気分だよ」
「可哀想ですねぇ。自己肯定できないほどの無能というものは」
「ははは。それもその通り、でもさ。そんな僕にも、たった一つだけできることがあるんだ」
「良いでしょう。今生の最期の言葉として聞いて差し上げましょう」
本当に残念なことだ。
異世界転生するのであれば、どうせならば凄いスキルを手に入れて魔王を倒したりヒロインを守ったり、そんな大活躍がしたかった。
できれば見た目もかっこいい現地の少年に生まれ変わって、複雑な魔法を操って天才だと誉めそやされたかった。
しかし、違った。
僕は転生前も転生後も、ぜんせん変わらないちっぽけな人間だ。
そんな僕がここまで生きられた理由。
あるいは転生前からずっとそうだった。
僕は、タルーノに言った。
「夜食にしないか?」
僕にできることは、それしかないから。
「何か、美味しいものを作るよ」
「死ね」
タルーノは足を振り上げ、思い切り僕の頭を踏みつけた。




