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異世界アジノ乇卜  作者:
最高の夜食

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12/40

箱入り娘

 サラサは僕の声に反応してなんとか半身ほど反らした。直後にタルーノの一閃がサラサのマントを掠め、その一部を切り取った。 


「……タルーノさん?」

「大人しくしていれば良いものを。ダメージを与えねばならなくなりますよ?」


 サラサはタルーノを信じ切っている。だからこの期に及んで頭に疑問符を浮かべて現実を直視できないでいる。


 きっとそれは彼女の美点で、だからサラサは冒険者に不向きなのだと思った。


 残念な話ではある。

 けれど、もっと人は疑うべきなのだ。


「タルーノは敵だ、逃げろ!」

「そんなことはありませんよサラサさん。僕はクラウス様とも親交があります。サラサ様をよろしく、と。ダンジョンで出会った何処の馬の骨ともわからない男に心を許してはなりません」

「タルーノさんは、どうして剣を抜いているのですか?」

「それがお兄様との約束だからです」


 再びのタルーノの凶刃に、今度のサラサは無防備だった。

 僕は反射で割って入り、その刃をダガーで受ける。ミシミシと信じられない力が加わり、僕は吹き飛ばされ大樹に叩きつけられた。


「——かはッ」

「タルーノさん、何を……!」


「わからないのですかサラサさん? これは確かに、ガブリエラ家の娘とは思えないボンクラさですねぇ」

「——タルーノ、止めろ」

「サラサさん。あなたのような落ちこぼれが冒険者になれるわけがないのに、いったい何を信じているんでしょう」


 いつの間にか空には大きな月が煌びやかに森を照らしている。

 月光に輝くタルーノの顔は、しかしなぜだかどんどんどす黒く変色し、眼球まで濁り始める一方で黒目は赤く輝いた。


 額からは一本の角が突き出し、人間とは思えない姿に変形した。


「…………魔人?」


 サラサは震えるように呟いた。


「お兄様から受けたご依頼を叶えなければなりません。あなたはダンジョン攻略中の事故にあうのです」


「い、言っている意味がわかりません。どういうことですか?」

「だって、体裁が悪いじゃないですか」

「聞くなサラサ」


「ガブリエラ家の面汚しを消し去るために、身内が暗殺を画策するだなんて」

「耳を貸す必要はない」


「あくまでサラサさんは、自発的に冒険者(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)パーティに参加して(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)事故で亡く(﹅﹅﹅﹅﹅)ならなければならない(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)のです」


 僕はタルーノに斬りかかった。

 これ以上タルーノに喋らせたくはなかった。


 サラサがどれほど自分が冒険者となることに希望を抱いていたか。

 どれほどタルーノに感謝していたか。


 どれほど家族が大好きか。


 それを汚すような言葉を、今すぐ止めなければならなかった。

 しかし。


「本当に召喚戦士ですか?」


 僕のダガーは簡単に受け止められ、先ほどと同じように吹き飛ばされる。細身のどこにそれほどのパワーがあるのか僕にはわからない。ただし、吹き飛ばされようともダメージはそこまで深くない。

 魔物との遭遇をなんとか逃れる中で、僕の体力も少しは上がったようだ。


 チラリとサラサを見る。

 彼女はヘナヘナと座り込んでしまった。


 タルーノは続ける。


「さっきよりもレベルアップしていますね」


 その言葉から察するに、やはりこの世界にはレベルの概念があり、ここに来るまでの間僕も多少は強くなっているらしい。


「ただし、ホワイトナイトとしてはいささか弱すぎますがね」


 ネコ科の動物のようなしなやかな一歩でタルーノは僕との距離をつめ、鋭い一撃を僕に放った。とっさに避けるが、剣先が肩を切り裂いた。


 だからなんだ。

 アドレナリンはその痛みを僕にまったく感じさせなかった。


 ただし実力差は如何ともしがたく、早くサラサに立ち直って逃げてもらわなければ。


「サラサ、逃げろ!」


 サラサの目はどこにも焦点が合っていない。


 剣戟が雨のように僕を襲い、僕はそれに対処できない。四肢から次々に血が吹き出し、血が足りず頭がぼんやりとし始める。


「弱い。弱すぎます! こんな軟弱な召喚戦士がいるのですねぇ!」

「逃げろ!」


「あまりにも遅く、膂力も足りない!」

「早く、サラサ!」


「ダンジョンからどうして脱出できたのですか? 弱すぎて魔物から存在を認められなかったのでしょうか」

「頼むから——」


 サラサからの反応はなかった。

 それでも、サラサが立ち直るまで踏ん張るのが僕の役目だ。


 血の足りない頭をめぐらせて、どうすべきか考える。

 そもそも僕は弱い。


 それでも、ロードウルフから逃げ切りダンジョンを脱出した。その後一人になった後も、ここまでなんとかやってきたのだ。

 その中にきっと、切り抜ける方法が隠れているはずだ——。


 僕は手近なヨモギを掴み、指先に力を入れてアジノ乇卜を握り込めた。


 瞬間、何かを察したようにタルーノは飛び退いた。


「怖いですね。いったい何が出てくるのやら」


 タルーノは、僕の能力がどんなものかは知らない。

 そして僕は弱いにも関わらず、ダンジョンを脱出できており、しかもそれは僕のおかげだとサラサが声高に言ってくれた。


 ここまでの戦いにしてもそうだ。

 タルーノは僕に対してヒットアンドアウェイの慎重な戦いに徹し、隙を作ってでも畳み掛けてくるようなことはしない。


 もしチャンスがあるとすれば。

 このハッタリだけかもしれない。


「タルーノ。一度だけ言ってやる。僕から逃げるなら、今だぞ」


 拳の中には味付けヨモギ。

 それを突き出し、タルーノに精一杯虚勢を張った。 


「それは……怖いですね」


 呟くと、タルーノは手に持っていた剣をサラサに向かって投げた。

 その剣は確実にサラサを捉え、彼女に衝突して何かが破裂した。暗闇に、真っ赤な液体が飛散した。


 サラサは力無く倒れた。


 召喚戦士などと言われ、その気になっていたのかもしれない。

 僕は、なんて愚かなのだろう。


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