内向的な選択
タルーノからもらった小袋を開けると、想像通りそこには金属のコインが入っていた。
ただし、これがどの程度の価値を持つかわからない。宿屋に泊まれる程度はあるのだろうか。
さて、どこに向かおう。
背中側はダンジョンで、目の前は森。ただし三箇所は開けており、道が続いているようだ。一番左の道はタルーノとサラサが進んだため、なんとなくそこへ行くのは気まずい。
僕はその一つ右の道へ行ってみることにした。
少し歩くと、ドロドロとしたゲル状の物体に二つの目が埋め込まれた生き物が近づいてきた。いわゆるスライムというやつだろう。
僕はダガーを構えた。
今まで戦闘はほとんどサラサに任せてしまったが、自分一人でどの程度できるものか試したくなった。ロードウルフと戦ったためか、魔物に対する恐怖はなかった。
飛びかかってくるスライムに、ダガーで斬りかかる。それはスライムの一部を切り裂いたが、ゲル状の体は再び引かれあい、再び一つになった。斬撃は効かないのだろうか。
ただし、ロードウルフと向き合っていたときと比べてずいぶんと剣が軽い気がする。ロードウルフが強かったのでレベルアップしているのだ。
その後もなんどかスライムを斬りつけたが、一向にスライムはダメージを受ける様子はなく、散った破片は僕の服の裾を解かしていた。
このままではラチが開かず、ふとスキルのことを思い出した。
例えばカタツムリは塩で溶けるし、アジノ乇卜をつかってスライムの水分を吸収してやれば……。
いや、ダメだ。
食べ物を粗末にするのは創作料理系配信者としての矜持が許さない。
だとすれば。
再び飛びかかってくるスライムの攻撃を避け、近くにはえていたヨモギに似た野草を引き抜く。
——アジノ乇卜召喚!
そこに指先から生み出したアジノ乇卜をまぶし、両手でよく揉み込んだ。サラサの指示で塩の水たまりに入った僕の手のひらは塩だらけのため、これで良い感じの味になるはずだ。
僕は即席の『ヨモギの旨塩もみ』をスライムに差し出す。
「たーんとお食べ」
僕の意図を察してか、スライムは恐る恐る料理に近づいた。しかし、ついにそれに乗り上げるようにしてヨモギを吸収し始めた。
なんだかうまくいった!
スライムを観察していると、体内に何やら光る結晶のようなものがある。
これが魔力の核ではないだろうか。
それを攻撃すればスライムを倒せるかもしれない。スライムの丸っこい目の視覚からダガーを構え、その光る結晶に照準を定める。
スライムはモリモリと美味しそうにヨモギを吸収している。
モリモリ。
モリモリ。
「…………ダメだ。そんな裏切り行為はできないよ」
スライムは僕の料理を美味しそうに食べている。
そんな相手に不意打ちをついて倒すだなんて絶対にしたくはなかった。
ダガーを鞘に納め、しゃがみ込む。
そしてスライムの目を見た。
黒目がギョロリとこちらを見た。
「……うまい?」
尋ねると、まるで言葉を理解したかのように、頷くように黒目を縦に二度動かした。
それだけで僕はちょっと嬉しくなってしまう。
「じゃあいくね」
再びスライムは頷く。
僕は消化を続けるスライムに別れを告げて、進むことにした。
離れると、なんとなく全身に力がみなぎる感覚があった。
レベルが上がったのかもしれない。
◆ ◆ ◆
それからしばらく進むと、僕の目の前には見慣れた光景が広がったのだった。そこには開けた場所で、ダンジョンの入り口がある。
僕は森の中をぐるりと一周し、同じ場所に戻ってきてしまったのだ。なんだかぐっと徒労感を覚えた。
「気を使ったのが馬鹿だった……」
気まずくてサラサたちと違う方向へ進んだ結果がこれだ。大人しく街まで案内して欲しいと頼めばよかったのだが、自分の内向性が恨めしい。
改めてサラサたちが向かった通りに進むことにした。
そこから先が一本道であることを祈りつつ。
その道は、歩きやすい通りだった。
そういえばテレコの馬車もこちらから入ってきたし、どう考えてもこちらが街と繋がっている。その間も頻繁に魔物と遭遇するため、その度に旨塩ヨモギを振る舞って難を逃れた。
そして何度かそうやって対処すると、僕は体に力がみなぎる感覚を再び覚えた。
どれだけ進んだのだろう。
だいぶ空も宵闇に包まれ、早くしなければ完全に暗くなってしまう。森は虫の声の大合唱が響き渡り早く降りなければテントも無しの野宿になりかねなかった。
「それにしてもうるさいな……。佃煮にしてやろうか!」
軽口を叩きながらさらに進むと「ケテ……ケテ…………ケテ……ケテ」と変わった虫の声が混じる。異世界の虫は声も変わってるな。などと思っていたが、僕はしばらく聞いてからやっとそれに気がついた。
「たすけて……。たすけて……!」
「いやこれ人の声じゃねーか!」
異世界のダンジョン付近の森の近くで、助けを求める少女の声。危険極まりない気がするが、しかし放っておくわけにはいかない。なるべく音を立てないように悲鳴の元に足を進めていくと、僕は木に括り付けられたその少女を見つけた。
「……え、サラサ?」
「シロさん!」
僕は急いで紐を解き、彼女の自由を確保した。
「どうしたんだこんなところで。タルーノは!?」
「そ、それが……気がついたらこんな状態で、私もわけがわからなくて……。痛ッ」
彼女は頭の後ろを押さえて顔をしかめた。
もしかしたらそこを強く打ったのかもしれない。
「とにかくこの場所で夜を迎えるのは危険だ。早く行こう」
「はい!」
「……おやおやお二人とも。どうされましたか?」
木の影から痩身の男。
細身の剣を握り、禍々しいオーラを背負ったタルーノが現れた。
「あ、よかった! タルーノさん!」
サラサは笑顔を浮かべ、タルーノに手を振った。
愕然とする。
この少女はどうしてこれほどお人好しなのだろう。
「ダメだ! 逃げろ——!」
「——え?」




