僕のスキルは白い砂
『旨塩であればどれだけかけてもチャーハンは旨くなる説』
そんなライブ配信をしていた。
調味料の小瓶をひと振りするごとに配信は盛り上がり、僕は調子に乗ってマラカスでも奏でるようにそれを振り続け、結果として蓋が外れてチャーハンの上にこんもりとした雪山ができあがった。
コメント欄は「完璧な味付けで草」「これを食ってこそ本気度がわかるな」「残したらメーカーに失礼www」と謎の盛り上がりを見せ、「いや、さすがに無理では……」とつぶやいたら「食え」「食え」「食え」と溢れかえった。
そもそもこのチャンネルは創作料理系。無理に完食する必要はない。けれど視聴者の期待を裏切ったらただでさえオワコン気味のチャンネルは終わる。
だから僕はスプーン山盛りに掬い、ほぼ白い粉を一息に飲み込んだ。
——瞬間。
口の中の水分が一気に奪われ、喉が焼けるように乾いた。
脈が早くなり、なぜか汗が溢れ出し、殴られたかのようなガン、とした衝撃が後頭部に走った。
「あ、やりすぎた」
死んだかも。
現世さん、二十九年間お疲れ様でした。
僕は意識を失った。
◆ ◆ ◆
気がつくと、僕は三角座りをしていた。
膝を両手で抱え込み、その隙間に頭をはめ込んでいる。
なぜ三角座り?
意味がわからなかったが、僕は頭を持ち上げた。視界はぼやけており、ずいぶん明るい部屋にいるらしくて目が痛い。
明るさに目が慣れてくると、目の前に一人の少女がいることがわかった。
少女は虹色に輝いていた。
比喩ではない。
服も肌も髪も、その瞳さえ極彩色に色づいており、それは人ではない神々しい何かなのかと思い至った。
ああ、やはり僕は死んだのだ。
「うっわ、成功したんだけど! さすがあたしじゃない? ねぇ、メビルリムザ」
「当然だぬ」
少女は肩に乗った何かに話しかけたかと思えば、倒れている僕を覗き込んできた。
「すっご! 異世界人て初めて見たんだけど!」
異世界人、とはまるで漫画かラノベのようなセリフだ。
「……異世界人?」
「あんたのこと。ここは集積世界コンバレト。知ってる?」
「知らない」
「世界の名前なんて常識よ。それを知らないってことはあんたが異世界からやってきたってこと!」
「僕は死んだんじゃないんですか?」
「生きてるでしょ。どう見ても」
両手をグーパーさせてみた。しっかり感覚はある。頬をツネってみると痛みがあり、ここが地獄だとも思えなかった。
「生きてますね」
「でしょでしょ。新しい世界を楽しみなさい。異世界人」
少女は僕のすぐ近くまで顔を近づけ、不敵に笑った。
あまりに美しすぎて、僕は直視できなかった。
視線を落とすと、地面が虹色に光っていることに気がついた。
幾何学模様や文字のようなものが発光し、少女が虹色なのはそれを反射しているからだとわかった。
魔法陣、という言葉が頭に浮かぶ。
想像が正しければ、この光は彼女の魔法に必要なものだろう。おそらくは、僕をここに呼び出すために。
「召喚……したのですか?」
「知ってるの?」
「こいつの異世界では物語として召喚や転生が流行っているのだぬ」
少女の肩に乗った何かがわけ知り顔で言った。
カタツムリのぬいぐるみのような見た目で、どうやって喋っているのかわからないが。
「なぜ僕を?」
「さぁ? 魔法があんたを選んだの」
少女の言葉に、僕は年甲斐もなくときめいてしまった。
二十九年生きてきて、人生で何かに選ばれたことなんてなかったから。勉強も運動も人並みにできず、残念ながら恋人だってできたことはない。
現在は創作料理系配信者。
それだって誰かに請われたわけじゃなく、自分のできそうなことがそれしか思いつかなかったというだけだ。
「僕は冒険をするんですか?」
「そんな感じ」
かろうじて理性を保っていたから堪えたが、喜びに叫びたい気分だった。
ずっと憧れてきたのだ。
物語の主人公に。
自分の存在が、誰かにとって大切なものになることに。
「ずいぶん察しがいいね。それにニヤニヤして」
「カタツムリさんの言われた通り、よく勇者の出てくる冒険譚を読んでいたもので。それにしても、自分が勇者になるだなんて信じられないなぁ」
しかし少女は、怪訝な表情をして言った。
「勇者じゃないよ。勇者候補」
「……勇者候補……?」
その違いが、僕にはあまりピンとこない。
「勇者は魔王を打ち滅ぼすとされる人類の希望よ。でも勇者も生まれた瞬間から勇者ってわけじゃない」
「討伐パーティに選ばれ、魔王討伐にもっとも貢献したものが勇者だぬ」
実際に結果を出した人物が勇者と呼ばれるということか。
「まぁ、ほとんど同じですね。要するに、頑張ればいいってことだ」
「やる気満々じゃん。ま、勇者になるのはあたしだけどね。ところであんた、自分の異能を感じれる?」
異能?
すごい、まさに漫画かラノベの世界観!
そして実際に、それは感じることができるようだ。
まるで心臓の右にもう一つ心臓があるみたいに、得体の知れない力が脈打っている。わかる。これは力の源泉だ。
僕は手のひらを広げて見た。
力は全身に通わせることができ、例えば手のひらに集中させることさえ可能。
「勘も良いじゃん。初めからスキルを操つれるんだ」
手のひらに集まった力はそこでうっすらと熱を持ち、発光し始めた。得体のしれない感覚はしかし心地よさも孕んでいる。
すごい。
すごい。
こんなにあっさりと、異能を使うことができるのか。
しかしそこまでできた段階で、僕は急に怖くなった。いったいこれは、どれほどの異能なのだろう。
仮にこれが火の魔法だとして、部屋全体に及ぶほどの大火力だとしたら。
僕もこの少女も、この場で焼け死んでしまうのではないか。
ふと少女の方を見た。
少女の瞳に恐れはなかった。
その瞳に、背中を押された。
わかる。
僕はこの手のひらの力を、変換できる。
絞るように力を入れて、神経の集中を指先にまで集中させた。
そしてついに、僕の指先から何かが溢れた。
「…………なんそれ?」
少女の恍惚とした表情は一瞬で崩れ、落胆で目元に影を落とした。
なに、と聞かれても、そんなことは僕にはわからない。
僕の指先から発現したのは白い砂だった。
パラパラと溢れ、相変わらず煌びやかに輝く地面を汚し始めた。
少女は改めて言った。
「なんそれ?」




