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「魔力ゴミ」と捨てられた鑑定士は冷徹皇帝と最強の契約を結ぶ  作者: 月雅


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第2話 崩壊寸前の人事部


城が、悲鳴を上げていた。


物理的な意味ではない。

組織としての断末魔だ。


「書類が足りないぞ! 補給部隊は何をしている!」

「厨房からボヤ騒ぎです! 誰か水魔法使いを呼んでくれ!」

「西の塔の掃除が終わっていません! 来客まであと一時間しかないのに!」


廊下を飛び交う怒号と悲鳴。

走り回る文官たちが、書類の雪崩に巻き込まれて転んでいる。


これが、大陸最強と謳われる帝国の心臓部、皇城の日常らしい。


「……ひどいありさまですね」


私は執務室から廊下を見下ろし、思わず呟いた。


「全くだ。だが、これが平常運転でな」


隣に立つジークフリート陛下は、涼しい顔で紅茶を啜っている。

いや、よく見れば眉間に深い皺が刻まれている。

彼の頭上のパラメーター【ストレス:限界突破】が赤く点滅していた。


そこへ、ヨロヨロとした足取りで一人の老紳士が現れた。


「へ、陛下……。決裁書類を……あと五百枚……」


顔色が土気色だ。

目の下の隈は、もはやタトゥーのように濃い。

彼は書類の塔を抱えたまま、私の目の前で膝から崩れ落ちそうになった。


「宰相!」


陛下が素早く支える。

私は即座に『神眼』を発動し、老紳士を視た。


【名前:ベルンハルト・フォン・アイゼン】

【役職:宰相】

【状態:過労死寸前(残HP:3)】

【適性:国家運営(S)/マルチタスク(C)】


「危ないところでした。あと三十分稼働していたら、過労で倒れていましたよ」


「な、なんと……。しかし、私がやらねば国が止まるのです……」


ベルンハルト宰相は、震える手でペンを握りしめている。

責任感の塊だ。

しかし、適性を見る限り、彼は「一人で抱え込むタイプ」であり、部下に仕事を振るのが下手だ。


「陛下。私に権限をください」


私はジークフリート陛下に向き直った。


「権限?」


「人事異動の決定権です。この城の人員配置は非効率の極み。適材適所とは程遠い状態です」


「……許可する。俺の名前を使って好きにやれ」


言質は取った。

雇用契約に基づく正当な業務命令だ。


私は廊下へ進み出た。

カオスの中、大声で指示を飛ばす。


「全員、手を止めて! 今から緊急の人事再編を行います!」


ざわめきが止まる。

突然現れた小娘に、兵士やメイドたちが怪訝な顔を向ける。


「まずは、そこの貴女!」


私は皿を割って泣きそうになっている、大柄なメイドを指差した。


【適性:重戦士(A)/家事(E)】


「貴女、繊細な作業は苦手でしょう? その怪力、配膳ではなく資材搬入で活かしなさい」


「えっ? で、でも私はメイドで……」


「給与は維持します。今すぐ裏庭の倉庫へ! 重い木箱を一人で運べるはずよ!」


「は、はいっ!」


彼女が嬉々として走り去ると、次は窓際で欠伸をしているひ弱な兵士に目を向けた。


【適性:高速演算(A)/戦闘(D)】


「そこの衛兵! 貴方、剣を振るより計算が得意でしょう?」


「え、あ、はい。暗算なら誰にも負けませんが」


「その剣を置いて、今すぐ経理部へ行きなさい! 宰相閣下の書類整理を手伝うのです!」


「よ、喜んで!」


兵士は救われたような顔で、書類の山へ飛び込んでいった。


次々と指示を出す。


無愛想な受付嬢(適性:隠密)を情報部へ。

おしゃべりな調理師(適性:交渉術)を外交の窓口へ。

方向音痴の伝令(適性:定点観測)を監視塔へ。


私の目には、全員の「正解」が見えている。

パズルのピースを嵌めるように、人を動かす。

それは、かつて王国で「ゴミ」と嘲笑された魔力測定よりも、遥かに創造的で、胸が躍る作業だった。


一時間後。


城内の騒音は消え失せていた。

静寂ではない。

心地よい業務の駆動音が響いている。


書類は滞りなく処理され、廊下はピカピカに磨き上げられ、厨房からは焦げ臭さではなく芳醇な香りが漂っている。


「……信じられん」


ソファーで仮眠を取っていた宰相が、目を丸くして起き上がった。


「五日かかると見積もっていた決裁が、全て終わっている……? しかも、ミスが一つもない」


彼の顔色は劇的に良くなっていた。

【状態:健康】に戻っている。


「イリス様……貴女は女神ですか?」


「いいえ、ただの補佐官です。そしてこれは、皆さんが本来持っていた能力ですよ」


私は淡々と答えた。

彼らが無能だったわけではない。

ただ、置かれる場所を間違えていただけなのだ。


ふと、背後に気配を感じた。


「見事だ」


ジークフリート陛下だ。

彼は私の背後に立つと、躊躇いもなくその腕を回してきた。

所謂「バックハグ」という体勢だ。


「へ、陛下!?」


「公務中だ、動くな」


耳元で囁かれる低音に、背筋がゾクリとする。

公務で抱きつく皇帝がどこにいると言うのか。


「宰相を救い、城の機能を取り戻した。これが俺が求めていた『人材管理』だ」


彼は私の髪に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。


「……いい匂いだ。仕事をした後の君は、さらに輝いて見える」


「あの、皆が見ています……!」


「構わん。俺の補佐官が優秀であることを、周知させる良い機会だ」


嘘だ。

彼の頭上の文字が雄弁に語っている。


【思考:独占欲の充足中】

【感情:イリス成分を補給しないと死ぬ】


成分って何ですか。

それに、この抱擁は明らかに業務範囲外だ。

労働契約書に「皇帝の抱き枕になること」なんて条項はなかったはず。


けれど、彼の腕の温かさと、心臓の鼓動が背中から伝わってきて、私は抵抗する気力を失ってしまった。

以前の婚約者からは感じたことのない、絶対的な安心感。


「……今回だけですからね」


「善処する」


彼は悪戯っぽく笑い、さらに強く私を抱きしめた。


その様子を、元気になった宰相が「若いって素晴らしいですな」と、生温かい目で見守っていた。


城内の空気は変わった。

澱んだ停滞感が消え、活気が満ちている。


だが、これはまだ序の口だ。

城の中だけ整えても、国は変わらない。


「イリス。明日は街へ出るぞ」


陛下が私の耳元で囁く。


「城下にも、まだ見ぬ『宝石』が転がっているはずだ。君の目でそれを見つけてくれ」


「はい、陛下」


私は頷いた。

自分の能力が必要とされる喜び。

そして、この人の役に立ちたいという、甘やかな衝動。


私の新しい人生は、まだ始まったばかりだ。


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