第1話 ゴミ扱いされた鑑定士
「イリス・ランチェスター。貴様との婚約を破棄し、国外追放とする!」
王宮の広間。
第二王子ジェラルド様の声が、やけに響いた。
「理由はわかっているな? 貴様の魔力がゴミ屑同然だからだ」
彼は私の目の前で、鑑定書を床に投げつけた。
パラリと開いた紙面には、私の魔力測定結果が記されている。
『魔力量:極小』
王国の基準では、魔力こそが正義。
火を放ち、水を操る力こそが貴族の価値だ。
けれど、私には見えていた。
ジェラルド様の頭上に浮かぶ、半透明の文字列が。
【名前:ジェラルド・ヴァン・アルカディア】
【適性:道化師(B)】
【現在の能力:政治(E)/虚勢(S)】
私の目は『神眼』。
人の魔力ではなく、その魂に刻まれた「適材適所」を見抜く力。
でも、この国では誰にも理解されない。
「何か申し開きはあるか?」
勝ち誇ったように笑う彼を見て、私は静かに首を横に振った。
「いいえ、殿下。謹んでお受けいたします」
反論しても無駄だ。
彼の能力値にある【聞く耳(F)】が、赤く点滅しているのだから。
私は深く頭を下げ、王宮を後にした。
◇
国境の森。
乗せられてきた馬車は、私を泥の上に降ろすと、砂埃を上げて去っていった。
手元にあるのは、着ているドレス一着と、隠し持っていた母の形見のロケットだけ。
財布も宝石も、すべて「国の所有物」として没収された。
「さて……これからどうしようかしら」
あたりは薄暗い。
狼の遠吠えが聞こえる。
普通の令嬢なら泣き崩れるところだろう。
けれど、私は不思議と晴れやかな気分だった。
あの窒息しそうな王宮から、やっと解放されたのだ。
自分の価値を「魔力量」という単一の物差しで測られない場所へ行ける。
「まずは隣国へ。帝国の国境までは歩いて半日くらい……」
その時だった。
ガサリ、と茂みが揺れた。
獣ではない。もっと重く、鋭い気配。
「動くな」
低い声とともに、数人の男たちが姿を現す。
身につけているのは、実用一点張りの黒い軍服。
胸元には、双頭の鷲の紋章。
帝国軍だ。
「こんな場所で何をしている。貴族の娘か?」
中心に立つ男が、一歩前へ出た。
月明かりが彼の顔を照らす。
息を呑んだ。
美しい、と純粋に思った。
冷たい刃物のような美貌。
夜の闇を溶かしたような黒髪に、氷河のような青い瞳。
だが、私が驚いたのはその容姿ではない。
彼の頭上に浮かぶ、異常な文字列だ。
【名前:ジークフリート・フォン・ドラグノフ】
【適性:皇帝(SS)】
【潜在スキル:覇王のカリスマ(SS)/冷徹な断罪(S)】
【特記事項:運命の伴侶を渇望中(隠蔽)】
SSランク。
生まれて初めて見た。
一億人に一人と言われる、伝説級の適性だ。
彼こそが、噂に聞く帝国の若き皇帝、ジークフリート陛下。
実力主義を掲げ、わずか数年で帝国を大陸最強の国家へ押し上げた怪物。
「……質問に答えろ。場合によってはスパイと見なして斬り捨てる」
彼が腰の剣に手をかけた。
殺気が肌を刺す。
恐怖で足がすくむ。
けれど、私の職業病とも言える鑑定士の血が騒いだ。
これほどの人材を前にして、黙っていられるだろうか。
いや、無理だ。
「私はイリス。先ほど王国を追放された元伯爵令嬢です」
震える声を必死に抑えて、私は彼を見据えた。
「スパイではありません。ただ、職を求めているだけの求職者です」
「職だと?」
ジークフリート陛下が怪訝そうに眉をひそめる。
「はい。私の鑑定スキルは、王国の基準ではゴミとされましたが……あなたの国なら、役に立つかもしれません」
「ほう。自分の価値を売り込むか」
彼は興味深そうに目を細めた。
剣から手を離し、私の目の前まで歩み寄る。
背が高い。
見上げると、その青い瞳に私が映っていた。
「俺の国は実力主義だ。無能な者は貴族だろうと平民以下。有能な者は奴隷だろうと重用する」
試すような視線。
心臓が早鐘を打つ。
「君には何ができる?」
「人の適性が見えます」
私は正直に答えた。
「魔力量ではなく、その人が本来就くべき職業や、隠れた才能が文字となって見えます。陛下、あなたの『冷徹な断罪』スキルの下に隠れている、『猫好き(A)』の素質も」
「……っ!?」
完璧なポーカーフェイスが、一瞬だけ崩れた。
周囲の兵士たちが「えっ?」と顔を見合わせる。
「き、君……どこまで見えている?」
「全てです。あなたが部下の配置に頭を悩ませていることも。宰相の疲労度が限界突破していることも」
彼の頭上には、現在の悩みもタグのように表示されていたのだ。
【至急募集中:人事部長】という文字が、赤く点滅している。
ジークフリート陛下は、口元を片手で覆い、肩を震わせた。
怒らせただろうか。
「……くくっ」
彼は笑っていた。
氷が溶けたような、獰猛で楽しげな笑み。
「面白い。王国は本当に愚かだな。こんな『鑑定士』を捨てるなど」
彼は私の前に手を差し出した。
それは、エスコートではなく、対等な取引相手への握手の手だった。
「イリスと言ったな。俺と契約しろ」
「契約、ですか?」
「雇用契約だ。我が帝国は君を国家公務員として採用する。役職は……そうだな、皇帝補佐官でどうだ?」
皇帝補佐官。
それは帝国のナンバーツー。
王国の常識では考えられない破格の待遇だ。
「給与は王国の宰相の三倍出す。衣食住は全て保証する。もちろん、福利厚生も完備だ」
「さ、三倍……?」
「嫌か?」
「いえ、あの、即決でお願いします」
食い気味に答えてしまった。
だって、所持金ゼロなのだ。
野垂れ死ぬより、冷徹皇帝の下で働くほうが百倍マシだ。
「よし。交渉成立だ」
ジークフリート陛下は、私の手を力強く握った。
大きくて、温かい手だった。
軍人特有の硬いタコがある。
その瞬間、彼の頭上の文字列が変化した。
【状態:所有欲(↑)/歓喜(↑)】
え?
所有欲?
見間違いかと思い、瞬きをする。
しかし、文字はすぐに消えてしまった。
「さあ、行くぞ。馬車を用意させろ!」
彼の号令で、兵士たちが慌ただしく動き出す。
私は黒塗りの高級そうな馬車へと案内された。
「あの、陛下。私はこんな汚れた格好ですが……」
泥だらけのドレスを見下ろす。
けれど、彼は気に留める様子もなく、私の手を取ってエスコートしてくれた。
「関係ない。君の価値は服ではない。その『眼』と、それを使いこなす知性だ」
馬車に乗り込む際、ふわりと身体が浮いた。
彼が私の腰を抱き上げ、座席に乗せてくれたのだ。
「……あ」
あまりに自然な動作に、顔が熱くなる。
王国の王子からは、一度だってこんな扱いを受けたことはない。
「疲れているだろう。城に着くまで眠っておけ」
隣に座った彼は、自分のマントを脱ぐと、そっと私の肩にかけてくれた。
上質な生地からは、彼の匂いがした。
冷たい夜風の匂いと、どこか甘い香木の香り。
「ありがとうございます……」
緊張の糸が切れたのか、急激な眠気が襲ってきた。
私はマントに包まり、泥のように眠りに落ちた。
自分が、とんでもない男に拾われたことに、まだ気づきもせずに。
◇
翌朝。
私は鳥のさえずりで目を覚ました。
「ここは……?」
見知らぬ天井。
最高級の羽毛布団。
窓の外には、幾何学的に整備された帝国の街並みが広がっている。
「起きたか」
部屋のドアが開き、ジークフリート陛下が入ってきた。
昨夜の軍服姿とは違い、仕立ての良いシャツにベストというラフな姿だ。
それだけで絵になるから困る。
「おはようございます、陛下。あの、ここは」
「俺の私室の隣だ。客間が埋まっていてな」
嘘だ。
皇帝の城で客間が埋まっているはずがない。
私の『眼』には、【適性:策士(A)】の文字が見えている。
「朝食を用意させた。食べながら仕事の話をしよう」
運ばれてきたのは、焼きたてのパンと、湯気を立てるスープ。
そして、山のような書類の束だった。
「……これは?」
「我が国の現状だ」
彼は苦々しい顔で書類の山を指差した。
「産業は発展したが、人が足りない。いや、人はいるのだが、誰をどこに配置すればいいのかわかる者がいないのだ」
私は書類を一枚手にとった。
そこには、兵士や官僚たちの名前と、簡単な経歴が記されている。
「人事局の連中は、学歴や家柄ばかり見ている。だが、俺は知っている。路地裏に天才が埋もれていることを」
彼の青い瞳が、私を射抜く。
「イリス。君の力で、この国の大掃除をしてくれ。錆びついた組織を解体し、適材適所へ組み直すのだ」
それは、国作りそのものだった。
王国の鑑定士だった頃は、ただ魔力量を測って終わりだった仕事。
でも、ここでは違う。
私の判断が、人の人生を変え、国を動かす。
「……やってみます」
腹の底から、熱いものが湧き上がってきた。
「私の『神眼』で、あなたの国を最強にしてみせます」
「頼もしいな」
ジークフリート陛下は、満足げに微笑んだ。
そして、自然な動作で私の口元についたパン屑を指で拭い、それを自分の口に入れた。
「!?」
「うん、美味い」
「へ、陛下!?」
「これから忙しくなるぞ。覚悟しておけ」
彼は楽しそうに笑い、新たな書類の束を私の前に積んだ。
こうして。
捨てられた鑑定士と、冷徹皇帝による、国を巻き込んだ業務改革(と溺愛)の日々が始まったのだ。




