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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

理性

作者: 青松

私が住む世界の中心にある、鉄の町。

大小の工場がひしめき合い、どこにいても鉄を打つ音が常に耳に入ってくる。

この独特な鉄のにおいにも、とうに慣れた。


この町で育つ子どものほとんどは、何かしら鉄に関わる仕事に就く。

その中で、町の中心にあるひときわ大きな製鉄所「おおがま」で働くことが、皆の憧れ。


私は今日、はじめて「おおがま」に来た。

この町に住むひとたちは、今日の私のように、学校の授業などで大人になるまでに必ず数回はここを訪れる。


「おおがま」はとにかく大きくて圧倒される。

外から眺めるだけでは気づけなかった。

あんなに慣れていたはずの鉄の音やにおいが戸惑ってしまうくらいにはとにかく強い。


何より、その名前の由来にもなった製鉄所の中心を陣取る巨大な鉄釜を目の前にした時、体が揺れるほどの熱気と震える空気に、少し恐怖を感じた。


私から少し離れた距離に、同じように見学に来ている子が沢山がいる。

巨大な釜の中でどろどろに溶ける鉄や、その溶けた鉄が形を成して、甲高い音を響かせながら何度も打たれる様子を皆が皆とても楽しそうに、ワクワクしながら見ている。


私も、顔を上げて目の前の鉄釜を見る。

その傾いた釜から流れ落ちる鉄が次々に形を変えていく様子をただじっと見る。

その巨大な釜越しに、製鉄所の天窓が見えた。


きれいな青い空だ。


「すごい真っ赤!きれい!」

「やっぱり鉄はすごい」「感動……」


きれい?

感動するくらいきれいなのか。

赤色って、どんな色?


数えきれない程の色に溢れているらしいこの世界で、

私が認識できる色は唯一青だけ。



*****



私が住む世界の中心は、鉄の町。

それともう一つ、この世界には二種類の人間がいる。


この世界に溢れたすべての色を認識できる「いろもち」と、一つの色しか認識できない「いろなし」。

認識できる色の数が異なるだけで、私たちと彼らは何も変わらない。けれどいつからか、「いろもち」は「いろなし」を自らとは異なる人間として扱い、徐々に町の中心から外側へ追い出すようになった。


中心街のようなにぎやかさや活気とは無縁の、町の外側。

そこで静かにひっそりと暮らす「いろなし」、それが私たち。


「ただいま」

「おかえり、あお」


私たちは基本、一人一つの色しか認識出来ない。

青しか認識できない私に対し、父は緑、母は黄をそれぞれ認識することができた。


青でなくとも、それに近い色であればうっすらと色づきを感じることはできるけど、緑も黄も、それがどんな色をしているのか想像もつかない。以前、父は小さな植物を手に取って「この葉の部分が緑だよ」「鮮やかなんだ」と教えてくれたけど、

父が必死に指し示すその部分を見ていると何とも言えない、言葉にできない気持ちになったことを覚えている。


父にとっては美しいそれが、私にはどうしてもくすんだ灰色にしか見えなかった。


「出かけてくる」

「暗くなる前に戻るのよ!」

「はーい!」



*****



周りの人たちは、私たちが住む町の外側は暗くてじめじめして嫌いだという。

でも私はこの環境が気に入っている。


外側のさらに外側にある高台に上ると、海がよく見える。


「はあ、はあ」


あがった息。思い切り吸い込む空気が心地いい。

町の中心に近づけば近づくほど強くなる鉄の音やにおいが、ここでは波音や潮のにおいに変わって、空もとても広く感じる。

周りがいやだというじめじめも海に近いからこそだし、このしっとり感も私は好きだ。


「きれい」


その日の天気や時間帯によって色味がグラデーションになったり、時間によってはまったく色味を感じない時もあるけど、今、目の前で鮮やかに色づくこの美しい海や空が、私にとっての何よりの宝物だった。


「あおー!ごめんね、遅くなった」


しばらく高台で海を眺めていたら、遠くから声が聞こえてくる。


「もう、待ちくたびれたよ!」

「お待たせ」


彼女はあか。

最近この町に引っ越してきた、私と同じ「いろなし」だ。


「いろもち」だった彼女の両親は、世間の目を気にして彼女をずっと「いろもち」として育ててきたらしい。しかしその両親が事故で亡くなり、彼女が「いろなし」という事実を知った親戚は、彼女を一人この町の外側へと追いやった。

幸い、両親が残した蓄えのおかげで経済的に不自由することはないようで今は穏やかに暮らしている。


そして、今彼女は私の「お隣さん」。

私の家の隣、ずっと空き家だったそこに越してきた彼女。


突然現れた同年代の「お隣さん」に胸が弾み、会話を重ねるなかで、彼女が赤を認識できる「いろなし」と知った。


同じ色を認識できない事は本当に残念だったけど

「これが赤色だよ」と彼女が指さすそれは、なぜか少し色づいて見えるような気がした。

あかが私にとって大きな存在になることは、至極自然な流れだった。



******



「きれいなものを誰かと共有出来ないというのは確かに寂しいけど、そのきれいなものを独り占めしてるって考えたら、楽しくならない?」

私は楽しいよ、と彼女は言う。


今まさに!と言わんばかりに、その顔にくしゃりと笑顔を溜めて、彼女はある一点を指差した。


彼女の指の先にいたのは、高台の下。

海岸の波打ち際を急ぎ足で歩く小さな女の子と、その母親だろうか。


女の子の表情はとても幸せそうだ。

すぐに女の子の青い靴が目に入った。下ろしたてなのか、その靴は日の光を吸い込んでぴかぴかと輝いている。なんて微笑ましい、私は思わず笑みが溢れた。そうか、彼女はきっと


「あの子、すごい幸せそう」


そうだね、下ろしたてのお気に入りの靴を履いて、きっと「家に帰るまで待ちきれないって顔してる、おいしそう、好物なのかな」


私は彼女へと視線を戻す。


「おいしそう?好物?何の話?」


私の言葉に彼女は口をぽかんと開けて、その後小さく「りんご」と呟いた。


訳も分からずもう一度女の子へ目を向ける。そして気づく。

よくよく見ると、女の子はその胸に沢山の果物を抱えていた。


彼女の言うりんごとはあれのことか。

青い靴以外、すべてがくすんだ灰色をしていた。私はりんごの存在に全く気づけなかった。


そうか。彼女は女の子が胸に抱えた色鮮やかな沢山のりんごを見て、食べるのが待ちきれないおいしそう、幸せと見えたのか。あの青い靴には目もくれず。


「あれね、すごい鮮やかな赤なんだ。ほら、私は今赤を独り占めしてるでしょう」


確かに私も、今あなたに見えない青を独り占めしているよ。

それで、あなたは楽しい?私はちっとも楽しくない。

寧ろ寂しい、ひどく心が寂しい。あなたと同じものを見て、同じ感情を共有したいのに。


私が綺麗と感じるその色は、あなたにとってただの汚いくすんだそれ?



******



ある日、少し緊張した様子の彼女から小さな箱を渡された。

中身を訪ねても彼女は首を横に振るだけ。


ぱかり


箱の中にきれいに納められていたそれは、小さな青い石が埋め込まれた細身の指輪だった。

指輪に埋め込まれた石自体はとても小さいけれど、それを感じさせないくらいの輝きで、それまで私が目にしたことのないような、吸い込まれるような深い青をしていた。

何の石だろう。そっと指を這わせてみる。


「サファイア、コーンフラワー・ブルーって言って、最も美しい青なんだって」

私にはわからないけど、と少し苦い顔をして彼女は続ける。


「確かに私はあなたの青を認識できないし、あなたも私の赤を認識出来ない。

同じものに同じ気持ちを抱けないのは確かに少し、悲しいけど」

「でも私はあなたの、青を見てああきれいだって感じているあなたの表情が好きだよ。表情でわかる、あの時あなたは確かに私の見えない青を見ていた」

「あなたの青の美しさは共有できないけれど、あなたの表情で私はちゃんと」


わかってるから


彼女の温かさが、すっと体の奥の奥に染み込んでゆく。

不思議。いつもいつも彼女は、私を優しく穏やかな気持ちにさせてくれる。

彼女は私に最高の青をくれた。じゃあ、最高の赤って何だろう。

もうすぐ彼女が生まれた大切な日がやってくる。その日に私は、彼女に最高の赤を贈りたい。

あなたがあっと驚くような、最高の赤を。



******



あれから私は最高の赤を求めて駆けずり回った。


この町にある「赤」と言われれば、皆が真っ先に思いつくのは「おおがま」の巨大な鉄釜から流れ落ちる鉄なのだと思う。ただ、あれはこの町に住んでいれば誰しもが一度は目にするものだから目新しさはないはずだ。


であれば、彼女は最高の青のサファイアをくれたから、まず始めに最高の赤を持ったルビーを探そう。


ルビーで最高のそれは、ピジョン・ブラッドというらしい。

その名前を知って私はすぐに町一番の宝石屋に向かい、実際にそれを見せてもらった。


私が買える実際のサイズを出してもらう。

それはやはりとても小さかった。

念のため大きいサイズを見せてもらったけど、それでもどこか違う。


私はどうしても彼女と同じものを共有したかった。

彼女がきれいと感じるであろうそれに、私もほんの少しでいいから「何か」を感じてみたかったのだ。


次に私は図書館へ向かった。宝石以外に何かないだろうか。

食べ物、味は共有できるけど、それもまた何か違う。ありとあらゆるものを探した。

そして彼女の生まれたその日が明日に迫った今、私は何も用意できずにいた。


恐らくピジョン・ブラッドのルビーが埋め込まれたあの指輪が一番だろうか。

だが何故だろう、しっくりこない。彼女の大切な日に贈るものに、少しも妥協したくはなかったのだ。


連日駆けずり回った疲れなのか、普段ではありえないような強い苛立ちを感じて思わず手近にあったグラスを床に叩きつける。


「いたっ!」

派手な音をたてて飛び散ったガラスの破片が足を掠め、思わず顔が歪む。


掠めた部分から熱いものが流れ、足首を伝う感触。

それが、床へじわりじわりと広がっていく。

しばらくその様子を眺める。


「あ」


沸々とわき上がる感情に思わず声を上げそうになり、私は慌てて両手で口を覆う。

それでも指と指の隙間から、歓びが漏れ出してしまいそうだった。

だめ、抑えて。喜ぶのはまだ早い。



******



「あなたに渡したいものがあるんだ、指輪のお返し」

私の手に握られたものを彼女が認識した時、すでにその刃先は私の腹に深く埋め込まれていた。

痛みを想像するととても怖かったけど、実際は痛みよりもとにかく激しい熱を感じた。

とてもあつい。


自らの鼓動に合わせてどくどくと溢れ出すそれ、あなたにはどう映っているだろう。

本で読んだ、私たちの体に流れる血液は解けた鉄と同じ、鮮やかな赤をしているそうだ。

「いろもち」も「いろなし」もそれは変わらない。

私はその美しさを感じることはできないけど、そのかわりに痛いくらいのこの熱を、私は感じている。


視界の端が徐々にぼやけてくる。

私の赤が貴方の目に、少しでもきれいに映ってくれていたらいいな。


「あか」


そこまで考えたところで、意識が飛んだ。



******



「う、ん」

「あお?あお!!!」


視界が眩しい、目が痛い。

それでも大切な人の声が聞こえて、重い瞼をどうにかこじ開ける。

ぼんやりとしたシルエットが、徐々にくっきりとしたものになった。

あかだ。


「大丈夫?何日も意識なかったのよ。あんな事するなんて」

「ごめん、なさい、」


苦手な病院の匂いがする。声がかすれて上手く出ない。

ベッドのサイドテーブルに置かれた水差しが目に入り、指を指して渇きに訴える。

「ああ、喉が渇いたの?ちょっと待ってね」


窓から差し込む日の光に反射して、真っ青なガラス製の水差しがきらきらと輝いていた。

久しぶりに目にしたその青の眩しさに私は思わず目を細める。


「どうしたの?どこか痛む?」

「水差し、が」

「ああ、ごめんね、眩しかった?きれいな青だよね」

「いや」


大丈夫と、言おうとした。

私の表情はみるみると強張っていく。まさか、どうして。


私の表情を見て、彼女は一度手にした水差しをゆっくりテーブルに戻すと、ベッドの縁にその細い腰を下ろした。いつもの柔らかい笑みを浮かべて、彼女は私の冷たくなった頬をそっとなでる。


「かわいそうなあなた」

「私なんかに惚れられるから」


あれ?ああ、そうか。

私はとんでもない人に愛されていたのか。


次の瞬間、込み上げてきたのは、最高の赤を見つけたあの時と同じ高揚感。

私の唇は弧を描き、それを見た彼女の笑みもさらに深いものになった。


振り返ってみると、私はいつからか少しおかしかった気がする。

一体いつからだろうか。

でももういいや。何にしたって、彼女と一緒ならそれもいいと思う。


「あか、大好き」


まるで、おおがまの溶けた鉄のようにあの時腹を突いて私の中から流れ落ちたもの。

どうやら赤だけではなかったみたいだ。


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