家族
ふっくらとした頬に銀色に輝く髪。その髪は先端に行くにつれ蔓へと変わる。
クリクリとした大きな目は金と緑のオッドアイで、唇は柔らかそうな薄紅色だ。服は実用性とアークバルトの趣味を兼ねた淡いグリーンのワンピースにかぼちゃパンツとなっている。
「何という可愛さだ」
「天使かな……」
うっとりとソレを見つめるのは、今か今かと到着を待ち侘びていたギルバートとサイフィードだ。
「レオノール、お兄ちゃんだよ。分かるかな?」
ソレ改めレオノールは生まれてから1度も会ったことのない兄をじーと見つめる。当然のことながら思い出せるはずもなく、助けを求めるようにアークバルトを見た。
「おい、怖がってるだろうが。近寄んな」
見当外れの解釈を垂れ流し威嚇するアークバルトに、今度はギルバートが進み出る。
「儂はじぃじだ。ほーら言ってごらん」
「何がじぃじだ。気持ち悪ぃこと言ってんじゃねぇよ」
シッシッと手を振るアークバルトの腕の中から、レオノールはチラチラと初めて会った2人を見つめる。
1人は自分のナカマだと理解できたが、もう1人はニンゲンの様なそうでない様な不思議な感じだ。
蔓を伸ばしたレオノールはツンツンと2人を突付く。反応がないのをいい事にグルグル巻き付けたり、引っ張ったりしてみる。
「アークバルト、これはどういう意味なのだ?」
「知らねぇよ」
レオノールの親しげな行動に面白くなさそうな顔をしたアークバルトとは逆に、ギルバートとサイフィードは嬉しげに蔓を撫でたり握手のように掴んで上下に振ったりしている。
「そう妬くでない。おいでレオノール」
そう言ってギルバートが抱っこしようと両腕を差し出すが、残念ながら人見知りを発揮したレオノールはアークバルトにしがみつき離れようとはしない。
「にぃにだよ〜」
撃沈したギルバートに代わり、サイフィードが頬に触れようと手を伸ばせば蔓でペイッと払いのけられた。
ズーンと絶望顔を晒す二人にアークバルトは勝ち誇った顔で笑う。
「悪いな、俺がいいみたいだ」
「くっ!儂が助けに行っていれば……」
負け惜しみを言うギルバートを無視してアークバルトは椅子に座り茶を要求する。それを憎々しげに見つめる2人もやがて諦めたかのようにそれに倣った。
間を置かずギルバートの眷属が紅茶をそれぞれの前に並べ、初めて見る紅茶にレオノールは好奇心にかられて根っこを伸ばす。
根が紅茶に触れた瞬間、ビックリ顔で直ぐに根を引っ込めたのを見て、アークバルトが慌てたようにレオノールを覗き込んだ。
「どうした?熱かったのか?」
昨日入れられたお風呂もアークバルトが気を使ってぬるま湯にしてあった。熱いのは初めてだ。ただ、これはこれで嫌ではなかったので再び根っこを伸ばして紅茶を吸い上げる。
その様子を微笑ましげに見ていた3人であったが、集まった目的を忘れたわけではない。
ピンと空気が引き締まり、各々が姿勢を正す。最初に口火を切ったのはアークバルトだ。
「聞きたいことがある。魔喰樹とは何だ?バレンシアガと魔喰樹には何らかの関係がある。違うか?」
アークバルトはずっと疑問に思っていたことを問い質す。
奪われたのはレオノールとバレンシアガの核だというのに、レオノールが融合させられたのは魔喰樹の魔核だ。
結局、研究所の全ての資料を漁ってもバレンシアガの核への手がかりは見つからなかった。それにも拘わらず、レオノールからはバレンシアガの力を感じる。関わりがない方が不自然だ。
「知っての通り魔喰樹を討伐したのは儂だ。お前が生まれた年だからもう156年前になるのか」
懐かしむように顎をなでるギルバートにアークバルトは目で続きを促す。
「建国神話でバレンシアガの核は3つの欠片と数多の破片となって大陸中に降り注いだとあるだろう?ではその降り注いだ破片がその後どうなったか分かるか?」
「核……もしかして魔物か?」
「そうだ。バレンシアガの核は魔物に宿った。その力を得た魔物は特異個体と呼ばれ、人ではなく魔物を好んで襲った。何故だか分かるか?」
「バレンシアガの力を集めるため、か」
「魔物の本能かバレンシアガの意思かは知らんが、その特異個体の中で力をつけたのが魔喰樹だ」
記録によれば魔喰樹は魔物を全て喰らい尽くした、とある。バレンシアガの破片が1つの塊へと融合していったことは想像に難くない。
「あの、それが分かっていたなら直ぐに討伐したら良かったのではありませんか?」
魔喰樹が現れてからギルバートが討伐に赴くまで数年。サイフィードがそう思うのも無理ないだろう。だがそれには理由がある。金獅子に課せられた制約が。
「これは公言してくれるなよ。"金獅子"はな必ず国内に1人居らねばならん。間が悪かったのだ。父上が身罷り、アークバルトはまだ生まれていなかった」
いや逆だ、とギルバートは思う。
アークバルトが生まれて来なければ魔喰樹はデュオ・アムーレ以外の全てを飲み込み、大陸中から人間が消え去っていたことだろう。
運が良かったのだ。アークバルトが生まれたおかげでギルバートが動くことが出来たのだから。
だがギルバートは決してそれを口にすることはない。親子として過ごす筈の時間を奪われ、我が子は愛を知らずに成体になってしまったのだから。
それが今はどうだ。
アークバルトは愛を知り、育みつつある。このまま何事もなくレオノールが成長していけばどんなにいいか……だが今回の黒幕がそれを許しはしないだろう。
「研究レポートにも書かれている黒い魔核、これが盗まれたバレンシアガの核の1部の可能性が高い。そして喪服の女はバレンシアガの力をある程度操れると見える。心せよアークバルト。敵がレオノールを手放したのは、おそらく故意だ」
「そういや、急に援助を打ち切られたと書いてあったな。心配いらねぇよ。俺が必ず守る」
自信満々に宣言するアークバルトに異議あり、とサイフィードが立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待って下さい!レオノールは僕が育てます!」
「ハッ、守れもしれねぇくせによく吠える」
バチバチっと2人の目から火花が飛びかうが、先に目を反らしたのはサイフィードだ。
元々守りきれなかったのはアクアネル家。サイフィードも魔術に心得はあるが剣はからっきしだ。その点アークバルトはデュオ・アムーレ最高戦力。これ程安心できることはない。
サイフィードは己の心を押し殺し、唇を噛みながら頭を下げた。
「どうかレオノールの事をよろしくお願いします」
難しい話をなんとなしに聞いていたレオノールも、アークバルトと一緒にいられると知って蔓……ではなく、もっちりとした手をアークバルトの顔に伸ばす。小さな手では届かなかったが、代わりに屈んだアークバルトがレオノールの額にキスを落とした。
「任せろ。絶対誰にも触れさせねぇ」
心の底から嬉しそうに笑うアークバルトにサイフィードはそれ以上何もいえなかった。




