ガザール帝国
東の大国ガザールはその名に恥じぬ繁栄を誇っていた。ウェセント大陸の東にあるイーストエンド大陸との唯一の窓口であり、ウェセント大陸では見ることの出来ない品がこの地に集まっている。
それは魔導具であったり、調味料であったり様々で、商人たちにとって正に聖地と言えるだろう。そんなガザールの大動脈と言えるのが巨大な飛空艇発着場だ。
アークバルトとレオノールが降り立ったのは巨大な飛空艇発着場……ではなく、皇室が所有するこぢんまりとした飛空艇の発着場だ。帝都ニグルに程近い場所に造られており、厳重に警備されているのが見て取れる。
飛空艇から降りた彼らの前には、周りを護衛に囲まれた1人の男が出迎えるように立っていた。
「ようこそお見えになられた。私はガザール帝国皇帝ロイ・パレス・ガザールだ」
皇帝自らが出迎えるという行為が、アークバルトがどれほど重要人物なのかを周囲に知らしめている。
ちなみにガザールはデュオ・アムーレと違い、爵位によってミドルネームが変わる。パレスは王族。シフォンが公爵、デューンが侯爵、セシルが伯爵、子爵がユング、男爵がクラークと続き、これより下はミドルネームを名乗ることは許されない。
「デュオ・アムーレ帝国皇太子アークバルト・デュオ・アムーレ・ライオネルだ」
差し出された手をアークバルトは無表情に握る。その腕の中では興味津々にロイの耳と尻尾を見つめるレオノールがいた。ルピナスでは結局触れる雰囲気ではなく、眺めるだけに終わったのだ。
「みみと しっぽ さわっていい?」
ロイは目を見開くと、次いで大笑いした。
「ふははは!私に直接そのような事を言う者は初めてだ!」
レオノールの目線に合わせてしゃがんだロイが、ゆらりと尻尾を揺らす。白い毛に黒の縞模様。白虎族の証しだ。
「獣人族にとって耳と尻尾は特別なものでな、特別な相手にしか触らせないのだ」
「どうしたら とくべつ なれる?」
ヒュオーとアークバルトから冷気が漂い、護衛の気が乱れる。その目はロイにどうしましょうか、と問うていた。
「あー、そうだな。少しなら触っても構わんぞ」
その場を丸く治めるために犠牲となった尻尾を、レオノールは優しく撫でる。
「ふわふわ すごい」
段々と行動が大胆になってきたレオノールは、両手で尻尾を掴むと頬でスリスリする。そうやってしばらく尻尾を堪能して満足すると、ロイに種を差し出した。
「ろい とくべつ。これ あげる」
「あ、ああ。有難う」
そう言って種を受け取ったロイに、レオノールは満足して頷いた。
ロイは混乱していた。
ルピナス連邦国に放っていた間諜からの連絡が原因だ。その内容は破滅石を取り込んだヒュドラをアークバルトが撃退し、毒に沈んだワン・ジンを連れていた幼子が元に戻したというものだ。ワン・ジンの一族に代々継がれる力と引き換えに。
正直ワン・ジンの力がなくなった事については、良くやった!と思わなくもない……それが他人事であれば。その力を奪った人物が、ガザールに来るとなると話は別だ。
警戒しながら会った幼子は、間諜の情報を疑ってしまうくらい愛らしく友好的だ。むしろ後ろから睨みつけてくるアークバルトの方が気になるのだが……まあ、理由は察せられるので取り敢えずは放置でいいだろう。
場所を応接室に移してから、ロイはソファーへ座るアークバルトを窺う。膝の上には幼子……レオノールが抱かれたままだ。本来なら重要な会議の場に連れ込むなどあり得ないことだが、相手は普通の幼子とは言い難い。
ロイは気にせず本題へ入ることにした。
「実は連絡をもらってから探してはいるが、破滅石は見つかっていないのだ」
宝物庫をひっくり返しても見つからず、貴族たちも似たようなものだ。そのため最近ではデュオ・アムーレの虚言ではないか、という者も出てくる始末。
愚かなことだ。
そもそもデュオ・アムーレとガザールは、離れてはいるが非常に親密な関係だ。先代金獅子帝の妹が皇帝に嫁いで来たからだ。それから500年近く経つが、未だにデュオ・アムーレはSランクの魔核を格安で譲ってくれている。ガザールが流通の要所として存在できるのはデュオ・アムーレのお陰だと言ってもいい。
ガザールもイーストエンドから流れてくる新技術を優先的に融通してはいるが、正直釣り合いが取れているとは言い難い。もしデュオ・アムーレがガザールに対して何かしようとするならば、Sランクの魔核の融通を止めるだけで事足りるのだ。小細工など必要ではない。
つらつらと国の裏事情を考えていたロイに、爆弾が落とされたのはそんな時だ。
「はめつせき ちかくに ある」
「ああ。流石にここまで近いと俺でも分かるな」
レオノールとアークバルトの視線が揃って窓の方を向き、ロイの毛が逆立つ。
「まさか城内にあるのか!?」
「あっち」
アークバルトが窓を開け放つと躊躇うことなく飛び降りた……ここは3階なのだが。ロイも覚悟を決めて後に続く。獣人族の中でも最強種の一角と言われる白虎族だ。飛び降りること事態余裕なのだが……マナーの問題である。
アークバルトに抱えられたレオノールに先導されて辿り着いたのは花壇だった。
「本当にここなのか?」
ロイの目の前では美しい花が咲き誇っている。どう見ても普通の花壇だ。
「ぱぱ おろして」
地面にレオノールが裸足で降り立てば、花が生き物の様に動いて道を開けていく。その様子にロイはあんぐりと口を開けてしまった。小さな足が止まった先で地面がボコボコと波打ったかと思えば、何の変哲もない小箱が顔を覗かせる。レオノールはそれをヒョイっと抱きかかえると、パカリと蓋を開けて中身を見せた。
「みつけた」
小箱の中には金色に輝く破滅石。自然とロイの顔が強張っていく。これは間違いなくガザールを狙ったテロだ。破滅石が爆発していないのは運でしかない。
「至急庭師を集めろ!全員だ!」
ロイの命令で騎士たちが慌ただしく走り出していく。
破滅石が埋められている以上、犯人は既に逃亡しているだろう。それでも何か手掛かりが得られるかもしれない。
「残りの破滅石が何処にあるか分かるだろうか?」
「あっち」
レオノールが指差した先にはガザールの大動脈、飛空艇の発着場を抱えるシュミエールがあった。




