ワン・ジンの力
レオノールはワン・ジンの真ん中でせっせっと根を伸ばしていた。眷属がつけてくれた国境の印をなぞる様に伸ばし、もうすぐ完成予定だ。
地上ではルピナス連邦国が兵を派遣し、毒の大地を避けてワン・ジンの国境をグルリと囲んでいた。そこにはワン・ジンの民を一人も逃さない、という強い意志を感じる。
南北に伸びるワン・ジンと4カ国全てが国境を接しているため、ルピナス連邦国軍と言うより、マヤレンテ軍、ダンガスト軍、ブリテ軍、ザーライン軍がそのまま国境を囲んでいる形だ。派兵の理由は、ワン・ジンが再び略奪行為を開始したからだ。
会議の後、ワン・ジンへ戻ったカン・ルゥは戦の準備を開始した。アークバルトの思惑通りに。
ワン・ジンという鳥籠の中に全ての鳥が戻され、美味しく食べられるのを待っている。
「じゅんび できた」
「よし、始めるか」
レオノールの根が地上へと向かう。獲物を間違えることはない。だってこんなに美味しそうな匂いをしているのだから。
「うわああああ!」
「助けてくれ!」
「えーん!ママー!」
戦士も女も、老人も幼子も、全てを等しく絡め取り、引っ掛かった魔物は気にせず食べてしまう。レオノールが求めた贄はワン・ジンの力のみ。人間が死なないように細心の注意を払いながら、チュウチュウと力を啜る。
「おいしい」
ペロリと唇を舐めながら、レオノールはほぅっと息をついた。
「終わったのか?」
「まだ。わたし せいやく はたすばん」
ワン・ジン全域へ伸ばした根で、今度は毒を吸収していく。地中深くまで根を伸ばして毒がないか確認して、ようやく満足したレオノールは根を切断した。国1つを覆うほど伸ばした根を回収するのは面倒だからだ。それにまた何かあれば、再接続すればいい。
「おわった」
バンザイと手を伸ばせば、いつもの様にアークバルトが抱き上げてくれる。これからレオノールは予定があるのだ。メインディッシュを食べるためにレオノールは飛空艇へと乗り込んだ。
マヤレンテに到着したレオノールに、ジェンヌは深々と頭を下げる。
「お待ちしておりました」
既にレオノールが力を食べたのが伝わっているのか、ジェンヌは何も言わずに案内をする。彼女が足を止めた先には、頑丈な岩で出来た塔がそそり立っていた。
「ワン・ジン一族専用の牢屋になります」
魔力を一切通さない鉱石を使って建てられた塔だ。その塔を囲むように結界が張られており、塔の周りに配置された兵たちの様子も物々しく、厳重に警戒しているのが分かる。
「魔物の襲撃を警戒しているのです。ここに閉じ込めてから3度、襲撃がありましたから」
弱い魔物でしたけど、と続けるジェンヌは疲れたように笑い、それを見たレオノールはちょっと申し訳なく思った。シェン・ルゥを一番最後に食べようと思ったのは、1番美味しそうだったからだ。心の中で謝りながら、塔へと足を踏み入れる。まあレオノールは抱っこされているので、実際に踏み入ったのはアークバルトだが。
「こちらになります。汚れていますがご容赦を」
手足を魔封じの鎖で拘束されたシェン・ルゥは、口輪まで着けられている。汚物も垂れ流しで、牢内にはツンとした刺激臭が充満していた。
「ヴヴゥ!」
それでもシェン・ルゥの心は折れていないのか、鎖をガシャガシャと揺らしながら、こちらを睨みつけてくる。充血した目は狂気に満ちて、もし口輪がなければ罵詈雑言が飛んできただろう。
「むう」
美味しそうだけど、ちょっと触りたくないレオノールは悩む。力だけを上手く分離出来ないかと。
目を閉じて"力"に呼びかける。オイデ、オイデ、自分の中へと。そこは本来の"力"の居場所。
「かえって おいで」
ぶるり、とシェン・ルゥの体が震えると、黒いモヤが湧き出す。モヤが濃くなればなる程、シェン・ルゥの入れ墨が薄くなっていく。やがて入れ墨が綺麗に消えてなくなれば、モヤは生き物の様にレオノールの前に来て、小さな小さな砂粒の様な黒い石となった。
「バレンシアガの破片か……」
アークバルトが驚いた様に黒い石を見たが、レオノールは気にせずソレをパクリ、と食べた。
「う、うう……」
目を見開いて涙を流すシェン・ルゥを見れば、ただのダークエルフへと戻っている。それが本来の彼女の姿だ。
「ゆがんだ ちから わたしに かえった」
「魔物だけが取り込んだと思っていたが、人間の中にもいたんだな」
「ちから あつまる。ひとつに なる」
それは破片の本能だ。失ったものを補い、元の姿へ近付こうと足掻いているのだ――かつての魔喰樹がそうであったように。
「いずれコイツらもそうなっていたのか?」
「そう。くらいあう。まものに なる」
「それは……人が魔物に変わるという事ですが?」
思わず口を挟んだジェンヌに、レオノールは分かりやすいように説明する。
「んー、くろいいし まかくと にてる。しぇん・るぅ にんげんより まものに ちかい」
「今は、大丈夫なのですか?」
「わたし もどした。だいじょぶ」
レオノールは呆然としているシェン・ルゥを見る。その姿はショックを受けている様にも、理性を取り戻した様にも見える。まぁ、レオノールにとってはどうでもいい事だ。大切なのは誓約が果されたということのみ。
一仕事終えたレオノールは、アークバルトにスリスリと甘える。何せ一月以上根っこを伸ばすために地面に転がっていたのだ。流石に疲れを感じる。
「ぱぱ、みずに つかりたい」
「頑張ったからな。魔の森の何処かに湖がないか探させるか」
ルピナス連邦国では金眼が3つ手に入った。旅は順調だと言えるだろう。残り2つの場所の見当もついている。ちょっと寄り道したところで、影響など何もない……というか、レオノールの体調が影響を与える可能性の方が高いので、休息を取る方が安全だ。
計画よりも随分と長く滞在することになったルピナス連邦国を、アークバルトとレオノールはようやく後にしたのだった。




