事後処理
レオノールが眠った後。アークバルトの号令のもと、大事な目撃者であるザーラインの貴族の救出が行われた。並行して捜索していた研究所も無事発見され……いや、無事ではなかった。ヒュドラが逃げ出した後の研究所は瓦礫となっており、そこから研究資料を発掘するのに、眷属を総動員しても数日かかった。
後はマヤとシェン・ルゥの尋問だ。これはアークバルトが直接行った……レオノールを抱っこ紐で抱えたまま。
尋問の結果、金眼3つが喪服の女によって持ち込まれた事が分かった。実験体のヒュドラは生まれたばかりの幼体を使い、シェン・ルゥの支配下にあったようだ。金眼とヒュドラを融合させるのに使われた黒い魔石も、喪服の女が持ち込んだものだという。
「どこかで聞いたような話だな」
喪服の女に黒い魔核。
レオノールと魔喰樹の魔核の融合にも使われており、喪服の女ならば金眼を手に入れるのも容易いだろう。何を目的としてレオノールに関わってくるのか……いや、何故レオノールを作ったのか。
アークバルトは込み上げてくる不快感に蓋をして尋問の続きを行った。何度か焼いて再生してやれば、2人はペラペラとよく喋った。
その後は成長したヒュドラ――この時はまだ一つ首――が手に負えなくなり、シェン・ルゥ支配下の魔物に金眼を括り付けて放った。向かった先はシェン・ルゥの故郷であるワン・ジンだ。
ワン・ジンはザーラインの隣の国で、あまり足が速いとは言えないヒュドラなら半月はかかるだろう。往復で考えると一月だ。予想通りその間にアークバルトへ金眼を渡し、ヒュドラを押し付ける算段だったようだ。
誤算だったのは、2つ目の金眼を喰らったヒュドラが変異したこと。首が2つに増え、何よりヒュドラにないはずの翼を得た。これによりマヤとシェン・ルゥの予想より遥かに早くヒュドラが戻って来たと言う訳だ。
さて、証拠はこれで十分出揃った。
アークバルトは手に入れた下手人と証拠の資料を携えて、マヤレンテに向かった。
マヤレンテはルピナス連邦国に名を連ねる国で、前回の代表国家でもある。諸々の厄介事を押し付けようと、アークバルトに目を付けられた哀れな生贄だ。
真夜中に叩き起こされたマヤレンテ前代表ジェンヌ・カッサンドラは、叫び出したいのを必死に堪えていた。
ワン・ジンが壊滅。その大地はヒュドラの毒に沈み、復興は絶望的。しかも現代表のマヤ・ドラドが首謀者ときた。おまけに追放されたとは言え、ワン・ジンの族長の娘であるシェン・ルゥも関わっているという。
ジェンヌは泣きたかった。
いや、泣いてもいいと思う。ようやく面倒な代表国家の国主の座から解放されたのに、さらなる厄介事が特大の爆弾とともに彼女の前にやって来たのだ。
「ここまでやってやったんだ。後はそっちでどうにかしろ」
そう言って帰ろうとするアークバルトにジェンヌは待ったをかける。
ジェンヌにも言っていることは分かる。アークバルトは他国の皇太子だ。破滅石を回収しに来ただけなのに、ヒュドラを討伐した上に証拠を集め、更には容疑者まで連れて来てくれたのだ。ハッキリ言わなくても国を救った英雄である。
「我が国を救って下さったライオネル殿下を何もせず見送るのは、国の威信に関わります。どうかもう少し滞在して頂けないでしょうか?」
「なぜ俺がテメェらの都合に合わせる必要がある」
バッサリと断られたが、ここで諦める訳には行かない。まだ事件の詳細も聞いていないし、何よりこのまま何もせずにアークバルトを帰したら、他国のいい笑いものだ。
「無理を言っているのは重々承知の上です。せめて、何か御礼の品でも贈らせて頂けないでしょうか?」
その時、引きつった笑みを浮かべて頑張るジェンヌへ、天使が手を差し伸べてくれた。
「口を挟む無礼をお許しください。皇太子殿下、レオノール様がお元気になられるまでこの国に滞在されては如何でしょうか?」
従者の言葉に無言で考える素振りを見せるアークバルトの姿に、ジェンヌは希望を見た。焦りすぎて今まで気付かなかったが、アークバルトの片腕には幼児が抱えられていた。
「最高の医師を用意致しましょう!」
「必要ねぇ」
「子どもが好きな甘い特産品など如何でしょうか!」
最早ジェンヌは形振りかまっていられない。何としてもアークバルトに滞在してもらって、その間にダンガストとブリテ――ルピナス連邦国の残り2国――も巻き込む所存である。
「甘いものか。いいだろう。しばらく滞在してやる」
何処までも偉そうなアークバルトにジェンヌは「ありがとうございます!」と、揉み手で答えた。
「差し出がましいことを申し上げました」
飛空艇に帰ってから、ジルが深く頭を下げる。ジェンヌとの会話の合間に、眷属通信でアークバルトへ具申したのだ。
「いや、いい。確かに意識のないレオノールを金眼に近付けるのは危険かもしれねぇ」
アークバルトにとってレオノールの安全が第一だ。実はヒュドラとの戦いの後から、レオノールは1度も目を覚ましていない。健やかな寝息をたてているが、心配でたまらないのがアークバルトの本音だ。
「早く元気な姿を見せてくれ」
疲れたように笑ったアークバルトは、祈るようにふっくらとした頬を指でつついた。




