魔物襲撃
レオノールから話を聞いたアークバルトは状況を整理する。
ザーラインが何らかの実験を行っていたことは間違いない。そこで作り上げた実験体が金眼を狙っており、それをアークバルトに押し付けるつもりであることも。
ただそれが間に合わず、実験体を先にワン・ジンへと誘導して難を逃れた、といったところか。
「確証が欲しい」
アークバルトが2度手を叩けば、陽炎のように空気を歪ませながら黒ずくめの眷属が現れる。
「ワン・ジンの状況が知りてぇ。小型の飛空艇を使ってもいいが悟られるな」
「御意」
音も立てずにスゥっと消えていく眷属の足に、レオノールは蔓を巻きつけてみる。
「イタっ!」
何もない空間からドタンッと倒れる音がして、レオノールはそっと蔓を外した。悪い事をした気分である。
「いいか、こういうのは様式美だ」
「ようしきび?」
「消えた方がカッコイイだろ?」
コクコクと素直に頷いたレオノールに、アークバルトは悪戯を教えるように小声で囁く。
「手を2回叩いてみろ」
言われた通りレオノールが手を2回叩けば、再び影が現れた。先程の影とは別人だが。
「くろいの きた」
「影は全て父上の眷属だが、金獅子の指示に従うように命令されている。覚えとけレオノール、お前も金獅子だ」
右目を隠していた眼帯が外され、金眼があらわになる。アークバルトにゆっくり右目の周りを撫でられ、くすぐったさにレオノールはクスクスと笑う。
「命令してみろ」
耳元で囁かれて、くすぐったさに再び身を捩ったレオノールは何と言おうか考える。初めての命令だ。できればカッコよくしたい。レオノールはビシリ、と影に指を突きつけて命令する。
「けんきゅうじょ さがしてくる」
「御意」
レオノールの言葉にも何の躊躇もなく頷いた影は、そのまま消えていった。レオノールも今度は蔓を足に巻きつけたりしなかった。
「なかなか良い命令だな」
ちなみにアークバルトの最初の命令は、靴を舐めろと言うものだ。その性格の悪さが滲み出ている。ギルバートの時は3回まわってワンと鳴け、だ。レオノールの優秀さが光っている。いや、代々の金獅子のダメダメさか。
ただレオノールも遊ぶの大好きなお年頃。
何度か手を2回叩いて影を呼び出しては、「なんでもない」と言って帰したりしている。そうやって遊びに夢中になっていたレオノールは、大切な情報を伝え忘れていたことに気付いてアークバルトを仰ぎ見た。
「ぱぱ あしたくる」
「ん?何がだ?」
「きんがん こっちにむかってる。あした くる」
レオノールはちょっとウッカリさんだった。
翌日、アークバルトは予定通りパーティーに出るべく着飾っていた。黒を基調とした服に金の刺繍。宝飾品は一切身につけていないものの、金の髪に時折揺れる赤い炎が宝石顔負けの光を放っていた。
予定と違うのは腕にレオノールを抱いていることか。その装いもアークバルトに合わせた黒いワンピースに黒のレース。所々にあしらわれた金の真珠が上品にワンピースを飾り、重くなりがちな雰囲気を華やかに彩っていた。
「黒も悪くないな」
ヘアバンドの様に付けられた黒のレースも、レオノールの銀髪によく映えている。
「さて、行くか」
デュオ・アムーレの貴族の子どもが社交界デビューするのは12歳の時。12から15歳までの失敗は微笑ましく見守られ、15から18歳までは厳しく叱責される。18歳からが一人前だ。
そんな中で外見1……いや2歳児の登場だ。しかも今日は舞踏会。夜から深夜にかけて行われる大人のパーティーだ。当然場は騒然となる。
「まあ、あんな小さな子を」
「ライオネル殿下が片時も離さないとか」
「自分の娘のように可愛がっているそうよ」
囁かれる噂は、一部誤りがあるが概ね真実を突いていた。人々は初めて見る金獅子に熱狂してアークバルトへと群がるが、絶対零度の視線を受けてスゴスゴと帰っていく。
そもそもデュオ・アムーレとザーラインは遠く離れており、社交はあまり意味をなさない。故に彼らは見るだけで満足し、各々の社交へと戻って行った。やがてプアーとラッパが鳴り響き、オーケストラが壮大な曲を奏で始める。これからが舞踏会の本番だ。
既に時刻は午後10時。
明日この国を発つ予定のアークバルトも退出する時間だ……本来ならば。
「来たな」
急速に近付く金眼の気配を捉えたアークバルトが呟く。ここまで近付くと流石にアークバルトでも分かる。いつもこの時間は眠っているレオノールも今日はパッチリと目が開いている。
ガアアァァァァン!
破砕音と共に屋根にポッカリと穴が開く。
そこから顔を見せるのは双頭の竜――ヒュドラだ。ヒュドラとは生きた歳月により首の数が変わり、首が2本はまだ若い証拠なのだが……そのヒュドラはどこか様子がおかしかった。
赤い目を血走らせたヒュドラの額には金眼がそれぞれ嵌っており、背中からは本来あるはずのない翼が見える。口から吐き出される猛毒の吐息は、触れるだけで生者を死者へと変えるだろう。まあ、その吐息はアークバルトに無効化されているのだが。
それでも会場は阿鼻叫喚の地獄絵図。
逃げ出そうとする者に、押されて踏み潰される者、気を失う者、様々だ。恐慌に駆られる群衆の中、遠のいていくマヤの姿をアークバルトが捉えた。
「マヤを逃がすな。シェン・ルゥと名乗る女も確保しろ」
返事はなかったものの、その言葉は影へと伝わった。
目撃者は用意した。これでアークバルトたちは陰謀に巻き込まれた完全な被害者だ。
「きんがん ふたつ ある」
「近すぎて1つに見えてたんだろう。気にすることねぇよ」
しょんぼりするレオノールの頭をひと撫でして、アークバルトは屋敷の外へ移動する。
これ以上目撃者が減るのはよろしくない。幸いなことにヒュドラの視線はレオノールに釘付けのため、誘導することも簡単だ。後はアークバルトがヒュドラを狩るだけ、そう思った矢先……
「あれ わたしのえもの」
そうレオノールが訴えた。
よく見ればレオノールの視線もヒュドラに釘付けで、爛々と輝く緑眼がヒュドラを捉えて離さない。隠されている金眼も同じ様に輝いているのだろう、とアークバルトは簡単に想像できた。
「ダメだ。危険すぎる」
「わたしの もの。わたしに かえる」
ニッコリと笑ったレオノールの表情からは子供らしさが抜け落ち、どこか妖艶さを感じる。
「ほしい ちょうだい」
甘えるように繰り出される言葉にアークバルトは息を呑み、次いで頭を掻きむしった。
「あー!分かったよ!ただし、危険なようなら俺が介入する。それでいいな?」
「ん、ありがと」
結局アークバルトはレオノールに敵わない。そういう事だ。
「取り敢えず街から離れるぞ」
2人は戦場へと移動することにした。




