レオノールの諜報活動
レオノールは一であり全だ。
部屋に生けられている花も、地面に生えている雑草も、窓から見える木も、レオノールの一部にすぎない。
レオノールは近くの植物にアクセスする事を繰り返し、ネットワークを広げていく。これは自ら生み出した植物を、遠隔で動かす練習をしていて身に付けた技だ。
アークバルトも知らないレオノールの秘密の遊び。
たまにギルバートやマリアベルも視ていた。ただギルバートは鋭いのですぐ勘付かれてしまうし、サイフィードは遠すぎて今のレオノールでは感知出来ない。
でもドラドの屋敷はデュオ・アムーレの宮殿の敷地内に比べれば随分と狭いので、レオノールは余裕で全てを感知出来た。
――金獅子に……
金獅子の名前を聞いたレオノールはそこへ……部屋の隅っこに生えているカビへと意識を寄せる。正確にはカビは植物ではなく菌類だが、キノコを植物と認識しているレオノールにとっては植物である。
そこにいたのはマヤと知らない女だ。
不思議な入れ墨を全身に刻んでおり、肌の露出が多い民族衣装に身を包んでいる。肌は浅黒く、笹の葉の様な長い耳をレオノールは見たことがなかったが、本で読んだ知識が答えを教えてくれる。ダークエルフだ。
女は偉そうにソファーにふんぞり返って酒を飲んでおり、それを見たマヤが怒りに顔を歪めている。
――お前のせいでこうなっているんだぞ!分かっているのか、シェン・ルゥ!
――私のせいですって?私は素材を提供しただけ。失敗したのはあなたの部下でしょう?
――お前は制御出来ると言っていたではないか!
――制御出来るかもしれない、と言っただけよ。可能性の話だわ
ワナワナと震えたマヤは酒をグラスに注ぐと一気に飲み干した。
――まあ、良いじゃない。金獅子に首尾よく押し付けられたんでしょ?
――そう言う問題ではない!一体この研究にいくら掛かってると思ってるんだ!
――研究なんてそんなものでしょ。可能性に投資するんだから。
何を言っても悪びれる様子のないシェン・ルゥにマヤがグラスを振りかぶったその時、グルルルと言う獣の声が聞こえた。レオノールは知らなかったが、それはAランクの狼型の魔物――オルトロス――だ。屋敷の中にいて良い魔物ではない。
――気を付けるのね。私を傷付ければこの子が黙っていないわ。
――拾ってやった恩を忘れおって!
――それには感謝してるわ。ワン・ジンに復讐する機会を与えてくれたことにも。魔物との共存を謳ってるくせに、あの国は私を切り捨てた!魔物を支配する力を持つこの私を!自分たちは私の下位互換の力しか持ってないくせにね!
激昂するシェン・ルゥを見て幾ばくか冷静さを取り戻したマヤは、ため息をつくと深く椅子にもたれ掛かった。
――どちらにしろ。賽は投げられた。金眼を運んでいた魔物はどうなった?
――ワン・ジンに入ったわ。もうすぐ首都よ。まだギリギリ捕捉されてないみたい。まあ、時間の問題でしょうけど。
――これで大分時間が稼げたな。ワン・ジンの首都からここまであの魔物でも半月はかかる。その頃には金眼は空の上だ。
――ふふ、可笑しい。魔物との共存を謳った国が魔物に滅ぼされるなんて!ねぇ乾杯しましょうよ。
シェン・ルゥがグラスを掲げるのを忌々しげに見ていたマヤは、次いで部屋の中に鎮座するオルトロスへと視線を向ける。
――勝手にやってろ。私はお前と違って忙しいんだ。
――あら、残念。
そうしてドアが閉まる音とともに会話は途切れた。しばらく待ってみても有益な情報は得られず、レオノールは拡散する意識を自分の体へと戻した。
アークバルトはヤキモキしながらレオノールが目覚めるのを待っていた。
あの時蔓に引っ張られ、バビュンと飛んでいったレオノールを直ぐに追いかけたかったアークバルトだったが、床を覆っていた蔓に行く手を阻まれた。
蔓を踏んでもレオノールは痛くない、ということは分かっている。何なら自分でも蔓に生えた花をブチッと摘んでいるし、アークバルトも頭に生えた毒キノコを収穫している。だがしかし髪の毛に繋がっている蔓を、どうしてもアークバルトは踏むことが出来なかった。
初動が遅れたために、アークバルトがベッドへたどり着いた時には、レオノールは既に眠りについていた。部屋中をウネッていた蔓は今ではベッドまで後退し、淡く発光している。
「どういう状態なんだ」
声をかけても、揺すっても起きず、ただ淡い光が幻想的にベッドを彩っている。
「落ち着け、こういう時はアレだ。そう、確かキスをすれば目覚めるんだったか」
混乱しまくっているアークバルトがレオノールに強制わいせつを働こうとしたその時、蔓の一部が勢いよくアークバルトの服の中へと侵入してきた。強制わいせつを行おうとしたアークバルトが、強制わいせつの刑に処された瞬間だった。
固まったアークバルト服の中を妖しく蠢いていた蔓たちが、何かへと巻き付いた……そう、レオノールの金眼へと。残念ながら触手プレイではなかった。
ヒョイっと金眼を掴んだ蔓から根っこが生えたかと思えば、みるみる内に金眼が小さくなり消えていった。
「食べたのか?」
ジルに水を用意させて試しにベッドの隣に置いてみれば、喜んだ蔓たちが先を争いながら浸かっていく。
「元気そうではあるな」
ただ目覚めない。それだけだが、それが重要なのである。
ウロウロとベッドの側を歩いていたアークバルトはふと気付いた。最近レオノールの蔓が発光しているのを見たことがあることに。ただそれは湖の中にいる時で、ベッドの中ではない。
「何か関係があるのか?」
レオノールがギルバートとマリアベルをこっそり見ている時なのだが、それを知らないアークバルトは途方に暮れていた。レオノールの生態が謎すぎてパンク寸前である。
アークバルトがそうやって待つこと5時間、ついにレオノールの目が開いた。
「レオノール!」
ホッとして抱き上げるアークバルトは万感の思いを込めてその名を呼んだ。アークバルトがそんなに自分のことを心配していたと知らないレオノールは、キラリと目を光らせると空気を読まずに告げた。
「わたし みた」
レオノールは見た!サスペンス劇場(?)の始まりである。




