クライシス王国
デュオ・アムーレを出発してから1週間、飛空艇はクライシス王国の新王都へ到着した。
国際飛空艇であれば倍は掛かろうかという道程を僅か半分で来たために、受け入れ準備が終わってないのか人が右往左往しているのが見える。
何故こんなにも早く着いたのかといえば、デュオ・アムーレの飛空艇は魔の森の上を飛んでも魔物に襲われないためである。
実は飛空艇に使用されているのは魔核ではなく、金獅子の力で作った結晶で、魔物はこぞって飛空艇を避けて行くのだ。故に目的地まで一直線。速いわけである。
「ようこそおいで下さいました。ライオネル殿下」
そう言ってにこやかに笑うのは、クライシス王国国王ラカン。30代後半の男だが頭のてっぺんがハゲているために、10歳ほど老けて見える。苦労性なのかもしれない。
ラカンの後ろには貴族が勢揃いし、アークバルトに歓迎の意を示している。
「早速だが現場が見てぇ」
アークバルトの言葉遣いに僅かに顔を引き攣らせたラカンが、慌てた様に引き止める。
「長旅でお疲れでしょう。今宵は親睦を深めるためにぜひ酒でも酌み交わしましょう。良い酒を用意しているのですよ」
「必要ねぇな」
ラカンの言葉をバッサリと切って捨てたアークバルトは背を向けると、その辺にいた男を適当に指差して「案内しろ」と告げた。
クレーターがある場所は元王都なので誰であっても分かるはずだ。元々調査のために呼ばれたのだから、さっさと用事を済まそうとアークバルトは歩き出した。
ちなみにずっとお人形の様に抱っこされていたレオノールに対して、つっこむ者はいなかった。まあ、つっこむ暇を与えなかっただけとも言うが。
「ぱぱ あそこ」
わざわざ国から持って来た魔導車に乗り、街道を爆走していると前方に大きなクレーターが見えて来た。この魔導車も当然特別製なので魔物は襲って来ない。
運転しているのはジルだが、助手席はバーニャから案内の男へとチェンジしていた。バーニャは残って部屋を整えてくれている。
その後ろからは必死になってスレイプニル――八本足の馬――を駆る馬車が数台ついてきている。乗っているのはラカン一行だ。
「あのだいち しんでる」
「分かるのか?」
ギョッとした様に案内人の男が振り返ったが、アークバルトと目が合うと慌てて前を向く。
「いしのちから いのち たべる」
レオノールはちょっと考えてから、そう答えた。人間が破滅石と呼んでいる石が自分の金眼だということを、アークバルトが秘密にしているのを知っていたからだ。
不自然に切り取られた道の手前で止まった魔導車からおりて、レオノールはアークバルトに端まで連れて行ってもらう。半年経ってもまだ草木一本も生えてない大地を見て、レオノールは目を細める。
金獅子の力は生命の力、なのに生あるものは尽く刈り取られている――それは真逆の力だ。
何故ならレオノールが望んだから。他の生命を奪ってでも生きたいと。金眼はそれを忠実にこなしていた。レオノールを生かすために。
「如何ですか。酷いものでしょう」
魔獣車から下りてきたラカンが隣へ並び、死の大地を見て目を細める。
「ハッ、酷いのはのはテメェらだろ。俺たちは忠告をした。破滅石は危険だとな。この事態は結局テメェら自身が招いたことだ」
「そうですね。知らなかったと言うのはただの言い訳でしょう」
疲れたようにラカンが笑い、僅かに眉を上げたアークバルトが初めてその顔をまともに見た。
「何を仰っしゃいますか!我々は被害者なのですぞ!」
「そうです!勝手に破滅石を持ち込んだ者どもの責任でしょう!」
「あなたは国王なのですよ!発言には注意して下さい」
後ろから吠え始めた貴族どもにアークバルトの冷たい視線が突き刺さる。
「なる程なゴミはこちらか」
「何だその言い草は!どうやら金獅子帝は子育てを間違えたよう……ギャッ」
1人の貴族が炎となって消え、騒いでいた貴族たちが一斉に静かになった。
「俺に楯突くとは言い度胸だなニンゲン。もう俺たちがどういう存在なのか忘れたと見える」
アークバルトの体から金色の光がオーラの様に立ち昇り、ズンっと空気が震える。その場に立っているものはもういない。全員が跪き頭を垂れている。
アークバルトは豪奢な椅子を取り出すと、優雅に足を組んで座った。
「俺がここに来たのは調査ではなく制裁のためだ。分かるな?破滅石に関わった人間を全員差し出せ。それで収めてやる」
影が調べ上げた調査書をラカンへ投げつけて「見ろ」と命じる。
震える手で調査書をめくっていたラカンが目を閉じて隣の男へそれを渡す。クライシス王国の新たな宰相だ。今まで沈黙を貫いてきた男でもある。
「お言葉に従います」
宰相の言葉に青褪める者が数名。アークバルトも気付いたのが口角が僅かに上がる。
「この場に名前があるものはいるか?」
「そちらの2名が」
示された2名の男が何かを言おうと口を開いたが、そこから出たのは金の炎だけ。何も残すことを許されず消えていった2人がいた場所を見つめ、アークバルトは宣言する。
「残りは王城へ集めろ」
「1週間後にライオネル殿下の歓迎パーティーが御座いますので、その時に」
「いいだろう」
畏怖と恐怖が支配する中、傲然と頷いたアークバルトの服をちょいちょいと引っ張る存在がいた。レオノールである。
「どうした?」
先ほどまでとは別人のように優しい声音で問うてくるアークバルトに、内緒話をするためにレオノールは耳へと顔を近付ける。
「だいち いきかえらす したい」
「レオノールがそこまでする必要ねぇよ」
いい薬だと言わんばかりにアークバルトが反対するが、レオノールは退かなかった。
「だいち かわいそう。いたいって」
眉をハの字にしてアークバルトに訴えれば……秒で折れた。
「おい人間」
「はい」
アークバルトの呼びかけに答えたのはラカンだ。ここからは国王が対応する、と言うことなのだろう。
「優しい俺のレオノールがこの大地を蘇らせてくれるそうだ。有り難く思え」
驚きに思わず視線を上げたラカンの目が、レオノールへと吸い寄せられる。
美しい子どもだ。毛先だけが淡い緑へと変わった銀髪に、金の瞳孔とエメラルドのような緑の虹彩……不思議な色だ。片目は眼帯で覆われているが、その美しさは全く損なわれていなかった。
思わず見惚れていたラカンはハッとして再び頭を下げると、感謝の言葉を述べた。
レオノールはクレーターの中心にいた。
そこに渦巻くのは飢えた自分の力だ。生きたい、喰らいたい、と未だに叫ぶ力へ干渉して、レオノールは自らの思いを伝えていく。もう、自分は大丈夫だと。
「ありがと」
その瞬間、力が反転する。"死"から"生"へと。
足元からぶわりと緑が広がり、メキメキと音を立てながら樹が空へと枝を伸ばす。ポポポンっと軽やかに色取り取りの花が花開き、辺りにかぐわしい香りが広がる。これが本来の金獅子の力だ。
「終わったのか?」
「うん」
近付いてきたアークバルトにバンザイして抱き上げてもらい、レオノールは森を見た。
「これで いい」
「そうか、良かったな」
そう言って笑ってくれるアークバルトに、嬉しくなったレオノールはパッと笑うと唇にチュッとキスをした。
「ぱぱ ありがと」
我儘を聞いてくれて、いつも見守ってくれて。




