飛空艇
2度目の金眼の暴走から半年。
事態はようやく動き出した。ルピナス連邦国から金眼と思しき宝石が発見されたので確認して欲しい、と連絡を受けたのだ。ちなみに金眼は今では恐れを込めて破滅石と呼ばれている。
「今頃になって漸くか?」
危機意識のなさに、呆れたようにアークバルトが書類をテーブルへと戻せば、ギルバートが次の書類を渡す。
「クライシス王国からも調査依頼が来ておる。どうやら国境に封じられていた第三王子が国王となった様だな」
「これこそ今更だな。半年も前だぞ。普通に考えれば痕跡なんか残ってねぇだろ」
「そう言う口実だろう。第三王子の母親は側妃のメイドで平民出身だそうだ」
「ハッ!舐められねぇ様に金獅子を利用すると?ふざけんなよ」
「ルピナスに行く道すがらだ、丁度いい。国王の考えか貴族の考えかは知らぬが、身の程を弁えさせて来い」
酷薄に嗤うギルバートへ了承の答えを返そうとした瞬間、アークバルトの脳裏にふと現実が浮かんだ。そう、レオノール同伴で行くのだ。「ぱぱ こわい」なんて言われたら立ち直れる気がしない。
「行かないことで俺たちの意思を伝えりゃいいだろ」
クルリと態度を変えたアークバルトは、真面目な顔でしれっと言うが、ギルバートにはお見通しだ。何せ生まれた時からの付き合いだ。隠せるほうがおかしい。そして何よりアークバルトの性格を最も理解しているのもギルバートだ。
「レオノールの金眼を研究していた国を本当にそのままにして良いのか?」
調査によれば飛空艇のエネルギーとして利用しようとしていた、とある。それはレオノールを実験に使い、その力を我が物にしようとしていた叡智の塔の研究者と何が違うと言うのか。
アークバルトの表情がスコンとなくなり、長く伸びた爪がバキリ、とテーブルへ食い込んだ。次の瞬間、大きくヒビが入ったテーブルが音を立てて2つに割れた。
「報いを」
ゾッとする程冷たい声が室内に響いた。
デュオ・アムーレの飛空艇発着場は2つある。
1つはアクアネル領の港湾都市サルバン。何故サルバンにあるのかと言えば、飛空艇が魔の森を避けて運行されているためだ。つまりグルリと国境を魔の森に囲まれているデュオ・アムーレの航路は、海の上しかないのだ。
そのため海に面しているサルバンから東へ伸びるように真っ直ぐに道が敷かれ、その先に巨大な発着施設が建設されている。
この施設は、複数の国が資金を出し合って運営している国際飛空艇になる。一定以上の資金を出している国に発着場が作られ、運航は月にたった一往復だけとなる。
何故これ程まで運航便が少ないのか。
その答えは運営資金にあった。何せデュオ・アムーレからガザールまで一往復するだけで、Sランクの魔核が複数必要になるのだ。更に魔物から守るための結界に、攻撃のための魔導砲にも魔核は使われている。
そしてSランクの魔核は当然Sランクの魔物からしかとれず、そんな魔物が多く生息しているのはデュオ・アムーレだけ。しかも狩っているのはSランクの魔物を好んで食べるアークバルトとギルバートだったりする。
するとどうなるか。デュオ・アムーレがいなければ飛空艇などただの置物へと成り下がり、各国は常にギルバートの顔色をうかがっていた。
そんな貴重な飛空艇のもう1つの発着場所は……帝城の裏手にあったりする。
裏門から数キロ進んだ先には、発着場に整備工場、技術者が寝泊まりする寮といった飛空艇に欠かせない施設が集まっている。その規模は広大で、そこそこの街がスッポリ収まると言えば、その広さが分かるだろうか。
これは国際飛空艇とは違い、皇家所有の飛空艇となる。ウェセント大陸で個人で飛空艇を所有しているのはデュオ・アムーレとガザールの皇族だけだ。
レオノールは現在、そんな皇家所有の発着場に向かうべく帝城の裏門に来ていた。
「儂の可愛いレオノールがぁぁぁぁ」
ギルバートは先程からレオノールを抱きしめて離さない。もう5分は過ぎただろうか。
「おい、いい加減にしろよ」
「流石にみっともないですわ」
アークバルトとマリアベルの冷たい視線とは反対に、サイフィードは理解の目でギルバートを見ていた。
「分かる……」
ズズッと鼻を啜り、真っ赤になった目をハンカチで押さえながらもウンウンと頷く。その隣ではギィも潤んだ目で同じ様に頷いていた。ギィも今回はお留守番だ。
レオノールはマリアベルから貰ったギィのぬいぐるみをしっかりと抱きしめて、皆との別れを惜しむと、バイバイと手を振る。
「わたし いってくる」
その言葉にギルバートは崩れ落ち、マリアベルとサイフィードは同じ様に手を振り返す。よく見たらギィも。
「レオノールぅぅぅぅ!」
「体に気をつけるのよ」
「ううう、レオノールがこんなに立派に……」
「クルルッ、クルルッ」
アークバルトは直ぐに背を向けて歩き出し、肩越しにずっと手を振っていたレオノールは名前を呼ばれて前を向く。
「こちらへどうぞ」
そう言って魔導車のドアを開けて待機しているのはバーニャだ。レオノールたちが乗り込めば、バーニャは後部座席のドアを閉めて颯爽と助手席に乗り込んだ。ちなみに運転手はジルである。この2人は今回の外交に同行することになっている。
「じゃあな」
「じぃじ、にぃに、まりー、ぎぃ、またね」
アークバルトが開けてくれた窓から、最後にもう一度挨拶をすると、魔導車が発進した。
「ひとりではしる ふしぎ」
「魔核で動いてんだよ。飛空艇に乗ればもっと驚くぞ」
陸路の主な移動手段は魔獣車だが、魔導車もちゃんと存在する。と言うか、都市内での移動は大半が魔導車だ。主に魔獣のう◯こ問題で。
そんな訳で、都市の外縁部には魔獣車を引くための魔獣が預けられるようになっており、都市の内は魔導車、外は魔獣車と使い分けされている。
ちなみに鉄道も以前は存在したが、線路がしょっちゅう魔物に壊されたため、秒で廃れた哀れな乗り物である。
「もうすぐ見えますよ」
振り返ったバーニャに教えられて前を見れば、船の両端に翼が生えた様な乗り物が見える。あれが飛空艇だ。
「おっきい」
「そうだな。これもデカいが国際飛空艇はもっとデケェぞ」
「みたい」
「運が良ければすれ違うかもな。まあ、見れなきゃ俺が連れてってやるよ」
「たのしみ」
振り返ってパッと笑えば、アークバルトが抱きしめてくる。
「可愛い」
「ぱぱ みえない」
「到着致しましたよ」
苦笑気味なジルの声と同時に魔導車が止まり、アークバルトが懐から何かを取り出した。
「レオノール、これを」
そう言って付けられたのは金眼を隠すための眼帯だ。白地に銀と金で刺繍がしてあり、レオノールが着ている可愛らしいワンピースとも良く合っている。
「俺の力で隠そうかとも思ったんだが、レオノールが力を使えば反発するからな」
「はんぱつ どうなる?」
「元の色に戻るだけだ」
レオノールが金眼を持っていることを発表するのは、成体になってからだとアークバルトに教えられる。片目が塞がって不便だと思ったが、ジッと目を凝らせば向こう側が透けて見えた。
「みえる」
「当然だ。金眼はそんなんで抑えられるもんじゃねぇからな。ただ人間から隠しているだけだ」
「にんげん きけん?」
「危険な人間とそうじゃねぇのがいる。俺の側にいれば安全だ。心配すんな」
ジルを先頭に、敬礼する人間たちの間を通り抜けたレオノールは初めての飛空艇へと乗り込んだ。




