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金の獅子と銀の竜  作者: じゃっすん
琥珀宮での日常
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人間観察

 ほぅ、とレオノールは物憂げに溜息をついた。

 今まで順調に進んでいた勉強に暗雲が立ち込めたのだ。そう、レオノールは人間学で盛大に躓いていた。

 人間が魔物を生で食べたら死ぬと聞いて大いに驚き、食事も肉と野菜をバランスよく摂らなければ弱ってしまうと知って、その脆弱さに心配になった。

 光と水があれば生きていけるレオノールにとって、人間は摩訶不思議な生物なのだ。


「どうした溜息なんてついて。誰かに虐められたのか?」


 顔は笑っているが目が全く笑っていないアークバルトが尋ねれば、レオノールは「なんでもない」と言って首を横に振る。アークバルトに言っても何も解決しないと分かっているからだ。教師をすげ替えて終わりである。

 レオノールは頼りになる大人を思い浮かべる。マリアベルとサイフィードだ。ギルバートの事も一瞬頭に過ぎったが、アークバルトと同じ結末になる気がして除外した。

 

「クルルッ」


 ギィも心配してどうしたのかを尋ねてきた。内緒話に丁度いいとレオノールもラプトル語で返せば、ギィは何だそんな事か、と解決策を口にしてきた。





 ギィの提案の元、レオノールはラプトル隊へと来ていた。そう、ギィの解決策とはズバリ「分からなければ人間を観察すればいいじゃない」大作戦だ。

 成程、とレオノールも大いに納得した。レオノールの中でギィが頼りになる大人ランキング1位に輝いた瞬間だった。ちなみにアークバルトは最下位である。

 

「どうしたんスか、レオノール様」


 ラプトル隊の敷地の片隅で人間観察に勤しんでいたレオノールへ声を掛けてきたのは、いつも頭が寝癖でクシャクシャのピローだ。


「にんげん かんさつしてる」


「へ?何でまた?」


「にんげんがく むずかしい」


 レオノールが人間学の事を説明すれば、そんな学問もあるのかと驚いていた。


「今は何を観察してるんスか?」


「はいせつ いつするか」


「は?」


「はいせつ なに?」


 レオノールは排泄しない。食べた物はそのまま神力へ変換されるからだ。それはアークバルトとギルバートも同じだ。

 よって、排泄とは不要なものを体外に排出する行為、だと説明されてもサッパリ分からなかった。不要なものとは一体何なのか、どうやって体外に出すのか、更に言えば不要でない食べた物は一体どこに行ったのか……謎は深まるばかりだ。


「なに だすの?」


「えー、それはスね、うん……」


 こ、と続けようとした瞬間、凄まじい殺気に当てられたピローは地面へ吸い込まれる様に倒れた。泥に塗れた顔を必死に上げて掠れる目で発生源を見れば、木の陰からじっとこっちを見つめるアークバルトがいた。


「ヒェッ!」


 一気に目の焦点が合ったピローは飛び上がった。危険信号がガンガンに脳から発信され、死に神が親しげに手を挙げる姿が見えた……気がした。


「隊長!そう、エルマー隊長が詳しいスよ!自分、用事ありますんでこれで失礼します!あ、エルマー隊長呼んでくるんで、そこで待ってて下さいっ!」


 アークバルトから目を離さぬよう後ろ向きに走りながらピローが去って行き、そんなに待つこともなくエルマーが猛ダッシュで駆けつけてきた。


「お話は伺いました。ただレオノール様が悩んでらっしゃるのは人間だけではなく、生物全般に関してだと思います」


「ほかのいきもの はいせつする?」


「ええ、しますよ。ラプトルもします」


 驚き顔でレオノールがギィを見れば、当然だと言わんばかりにギィが鳴く。ギィが頼りになる大人ランキングから転がり落ちた瞬間だった。


「人や動物、魔物といった生き物は食べて排泄して眠らなければ生きていけません。レオノール様は如何ですか?」


「わたしは みずと ひかりがあれば いきれる」


「睡眠はどうです?」


「わたし ねても おきてる」


 レオノールは髪の先から蔓を生やしてみせる。蔓や根は眠らない。レオノールが眠っていてもソレらが周りの様子を伝えてくれるのだ。


「それは大変良い事ですな。レオノール様の安全に繋がりますので。では呼吸はどうですか?生き物は必ず呼吸を必要とします」


 よく分からなかったので、レオノールは息を止めてみる。すると先程しまった筈の蔓がスルスルと伸びていき葉を茂らせる。


「今、呼吸はしていませんか?」


 エルマーの問いに、口と鼻を手で押さえたままレオノールは頷く。


「ふむ。おそらく蔓が呼吸の代わりになっているのでしょうな。ちなみに人間は口と鼻から呼吸をします。皮膚から呼吸をする生物ものもいるのですよ。どんな生き物も何らかの形で呼吸しているのです」


 エルマーの話を聞きながら、レオノールが押さえていた手を外せば、蔓が元へと戻っていった。不思議そうに自分の髪を摘んでいるレオノールに、エルマーが苦笑する。


「反射ですかね」 


「はんしゃ?」


「自分の意思とは関係なく体が動く事です。本能で動くこともありますし、命の危機に瀕した際に体を守ろうとして咄嗟にでる行動でもあります」


 その説明に息を止めたり吸ったりして遊んでいたレオノールは、ふと気になったことを聞いてみる。


「わたし ほか どこちがう?」


「そういえばずっと気になっていたのですが、レオノール様は……その、小さくていらっしゃいますよね。成長はいつ頃されるものなのでしょうか?」


 レオノールは質問の意味が分からず、アークバルトを振り返った。人間観察の邪魔をしてくる為に今まで離れてもらっていたのだ。

 レオノールの意思を感じ取ったアークバルトが光の速さで戻って来ると、あっという間にギィの背中から腕の中へと移動させられた。


「金獅子は一気に成体になる。俺は2歳の時に今の姿へなったな」


「2歳!?その、精神年齢はどうなるのですか?」 


「精神も成体になったと同時に完成される。俺の場合は一気に思考がクリアになって、感情に引っ張られなくなった感じだな」


 レオノールは不安になって自分の手を見る。ぷっくりした紅葉のような手を。最初は細かったので成長している様な気はする。ただ大きさは変わらないように思えた。


「わたし いつ おおきくなる?」


「それがなぁ、俺にも分からねぇんだ。父上は8歳の時に成体になったと聞いたが、それまでは人間と同じ様に成長していたらしい」


「にんげん どう せいちょうする?」


 首を傾げてアークバルトを見たが、本人もあまり詳しくないのかエルマーへと視線を向ける。


「個人差もありますが赤子から成人…いえ、成体になるまでが18年だと言われています。30歳を越えたあたりからは徐々に老いていきます。寿命については知っていますか?」


「まりー おしえてくれた。わたし なんさいに みえる?」


 エルマーの顔にためらいが見える。言っていいのか悪いのか、チラチラとアークバルトを窺っている。


「俺も知りてぇな。レオノールは人間でいえば何歳ぐらいなんだ?」


「その、1歳半……いえ、2歳ぐらいかと」


 大分おまけしてこの年齢だ。

 全く成長していない事実に、レオノールはガーン、とショックを受ける。動揺から蔓が伸び縮みし、頭から毒キノコが生える。それをアークバルトが慣れた手つきで収穫して燃やしていく。


「俺はずっとこのままでも構わねぇ。気にすんな」


 ぶっちゅーと頬へキスされてもレオノールの気が晴れることはなく、その日は湖でふて寝した。

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