素敵な1日
その日、琥珀宮の様子は何処かおかしかった。
何処がおかしいかと問われても上手く答えられない。いつもの様にアークバルトに食べさせてもらい、バーニャとジルもレオノールの世話をあれこれとする。
午前中は歴史と外国語の授業だ。
歴史は話を聞くだけだ。それだけでレオノールの頭に情報が刻まれていく。外国語はもっと簡単だ。そもそも神の権能により言葉は理解できるので、覚えるのは読み書きだけでいい。
ウェセント大陸の共通語は既に終わり、今はガザール帝国を中心に使われているガザール語を勉強中だ。
授業が終わると自由時間。
完全にいつも通りの行程だ。アークバルトに何をしたいか問われたレオノールはムムムっと難しい顔をした。
「きょう なにかある?」
「何もねぇよ。レオノールが好きなことをすればいい」
思いきって聞いてみたが、アークバルトは特に変わったことはない。勘違いかな、と思ったレオノールは久しぶりにラプトル隊へお邪魔することにした。
「レオノール様、ようこそおいで下さいました」
ちょくちょくお邪魔しているので隊員も慣れたもの。休憩中のラプトルと隊員が集まってきて他愛ない話をする。偶に近付き過ぎた隊員がアークバルトに強制連行されるのもいつもの風景だ。
「レオノール様、最近リリの様子がおかしいんです。何があったのか聞いてみてもらえませんか?」
隊員たちの話はほぼラプトルについてだと言っても過言ではない。ペアであるラプトルについての相談をレオノールはよく受けている。あと、ラプトルからの苦情も。
クルルッ、クルルッと会話をし、レオノールはその隊員――キリンヌ――へと向き直った。キリンヌはいつも隊服を着崩している垂れ目の優男で、整った顔立ちに目の下にあるホクロがどこか危うい色気を感じさせる男だ。
そんな見た目とは裏腹に体はしっかりと鍛えてあり、脱げば見事な細マッチョでもある。ラプトル隊でさえなければモテた事だろう。
「りり しんぱいしてる」
「何をですか?」
ずずいっと近付いてくる顔をギィがパクリと咥えた。力は入っていないので血は出ていないが、キリンヌの顔は見事に引きつっている。
「ぎぃ ちかずくな いってる」
「分かりました!分かりましたから、退けてください!」
アークバルトが制裁中のためいないので、ギィが護衛を張り切っているのだ。クルッとレオノールが鳴けば、最後にベロリとキリンヌの顔面を舐めてから離れる。ギィの嫌がらせだ。
「それで何を心配してるんですか?」
「きりんぬ ねらわれてるって」
レオノールの物騒な言葉にわらわらと他の隊員が集まってきたが、その表情は深刻なものではなく何処か楽しげだ。
「おいおい、何やったんだよ」
「あれじゃねぇか。この前、賭けで大金を巻き上げてただろ」
「いや、エルマー隊長の秘蔵の酒を盗んだのがバレたんじゃねぇか?」
ここで女の話が全く出てこないことが、ラプトル隊の悲しいところだ。
「おしり? ねらわれてるって」
お尻が狙われる、という意味がよく分かっていないレオノールは首を傾げる。周囲はしーんとしており、ギィの涎か汗か分からない液体で顔をベトベトにしたキリンヌが青褪める。
「リリ!それが誰か分かるか?」
必死の形相でキリンヌが相棒のリリに縋り付く。その姿は何処から見ても情けなく、リリはしょうがないわね、といった様子でクルルッとひと鳴き。
「このえの でぃらんだって」
「あいつか!最近よく絡んでくると思ってた!」
「りり、わたしからはなれるな いってる」
「リリー!!」
男前なリリに感極まったようにキリンヌが抱きつく。種族の壁を越えて抱きしめ合う2人の姿は美しかったが、不思議と誰も羨ましいとは思わなかった。
こうしてまたレオノールは1人のラプトル隊員を救ったのだった。
レオノールが琥珀宮に帰ったのは夕方だった。
アークバルトに抱っこされて扉を潜った途端に「誕生日おめでとう!」と声が掛かる。ビックリして周りを見渡せばそこにはギルバート、マリアベル、サイフィード、それにバーニャとジルが勢揃いしていた。
「たんじょうび?」
誕生日が何か分からないレオノールは戸惑いながら何度も瞬きする。
レオノールの誕生日は母ミリアーナが死んだ日だ。その日を誕生日にすることに抵抗があったサイフィードが相談し、誕生日はアークバルトと出会った日に改められた。しかし昨年はレオノールが宮殿に慣れることを優先したために、誕生日パーティーが開かれることはなかった。
「誕生日はな生まれてきたことを祝う日だ。生まれてきてくれて、俺の元へ来てくれてありがとう、レオノール」
アークバルトの唇がチュッと音を立ててレオノールの唇に触れる。レオノールの中から洪水の様に何かが溢れ、知らず涙が溢れる。
「ふえぇぇぇぇぇん!」
嬉しくて温かくてどうにかなってしまいそうだ。泣き出したレオノールを皆が優しく宥める。代わる代わるに撫でられ、それでも涙が止まらない。そんなレオノールにピンクにラッピングされた包みが差し出される。マリアベルからだ。
「これは私からのプレゼントよ。開けてみて」
バーニャがススス、と近付いて来てプレゼントを受け取るとリボンの端をレオノールに渡す。
「引っ張ってみて下さい」
言葉通りにレオノールが引っ張るとスルスルとリボンが解け、中からぬいぐるみの黒いラプトルが現れた。丸っとしたシルエットは可愛らしく、赤く輝いている目は質の良いルビーだ。
「ぎぃがいる!」
驚きで涙が引っ込んだレオノールへ次々にプレゼントが差し出される。サイフィードからはレオノールの手に合わせた特注のガラスペン。バーニャとジルからは色んな種類のレターセットだ。そして最後に大御所であるギルバートとアークバルトが残った。
「儂は国王だ。分かるなアークバルト」
「何言ってやがる。俺はレオノールの父親だ」
やはり目立つのは最初と最後。マリアベルに出遅れた2人は最後を飾るべく争っていた。ジャンケンを繰り返すこと十数回、ついに勝負が決まった。
「くっ、これが俺からのプレゼントだ!」
勝負に負けたアークバルトが取り出したのはレオノールの頭より大きなエメラルド。最高の腕を持つ職人に加工されたその輝きは、太陽の光を反射する湖面の如く輝いていた。
「どうだ。凄いだろう?お前の瞳の美しさには劣るが、そのまま飾るなり砕いて装飾品にするなり好きに使うといい」
確かに高い。値段だけで言えば他の追随を許さない……が、流石に5歳児にこれはないだろう、とマリアベルとサイフィードは思った。
レオノールはと言えば、2人の予想に反してグワッと目を見開いてエメラルドを凝視していた。その目は爬虫類のように縦に裂けていて、蔓がもう離さない、と言わんばかりに巻き付いた。そう、この世界でも竜は光り物に目がなかった。
うっとりとエメラルドを見つめているレオノールの前に立ちはだかっギルバートが、おもむろに台座に置かれた布を取る。
「儂はこれだ!」
それはダイヤモンドで出来たレオノール。大きさはアークバルトに及ばないがその精密な細工は国の最高峰の職人による技が光る。両目には琥珀とエメラルドが嵌め込まれており、それがレオノールだと一目で分かった。
「わたし ひかってる!」
エメラルドに巻き付いていた蔓が半分ほど離れてダイヤモンドのレオノールにグルリと巻き付く。蔓の数を一本一本数えていたアークバルトとギルバートは悔しげにこう呟いた――引き分けか、と。




