新しい琥珀宮
建国祭から一月。
急ピッチで改装されていた琥珀宮が完成した。
未練たらしく引き留めていたギルバートを振り切り、レオノールとアークバルトは琥珀宮へと戻って来ていた。
「「お帰りなさいませ」」
バーニャとジルが笑顔で2人を迎え入れ、随分と様変わりした琥珀宮をレオノールは興味深げに見つめる。
必要最低限の物しか置かれてなかった無機質な内装は、優しいアイボリーを基調としたふんわりとした雰囲気に。カーテンはレオノールの好きな緑色で、ソファーに置かれたクッションは動物を模しているのか耳と目が付いていて随分と可愛らしい。
「ここが寝室だ」
そう言って開けられた扉から見えるのは巨大なベッドだ。アークバルトが5人寝たとしてもまだまだ余裕がありそうで、どう見てもサイズを間違えたとしか思えない。
ちなみにここはアークバルトの寝室でもある。ずっとレオノールと一緒に寝る気満々だが、果たして反抗期を乗り越えることが出来るのか。これからのアークバルトの手腕に掛かっていると言っても過言ではないだろう。
「レオノールがどの位デカくなるか分からねぇからな。大きめに作らせた」
デカすぎだろ!と心の中で叫んだバーニャとジルは始終微笑みを浮かべ、その内心を悟らせない。流石はアークバルトの眷属に選ばれただけのことはある。ただ彼らのツッコミとは裏腹に、レオノールは巨大なベッドがお気に召したようだ。
「おお〜」
目を輝かせ、興奮に頬を赤らめたレオノールは、アークバルトの腕から飛び出すとベッドへとダイブする。
ふわふわのベッドの上をコロコロと転がりながら中央まで進んだレオノールは、大の字になって天井を眺めた。
「気に入ったか?」
覗き込んできたアークバルトに大きく頷いて返事をして、再びコロコロ転がって元の位置に戻り手を伸ばす。
「パパも いっちょ」
小さな手がアークバルトの大きな手を両手で掴みグイグイ引っ張る。望み通りに隣に寝転がったアークバルトに、満足気にムフーっと息を吐き出したレオノールはそのまま目を閉じた。
次にレオノールが目を覚ました時、太陽の位置は未だ高く余り時間は経っていないように見える。隣を見るとカッと見開いた金色の目と目が合う。瞬き1つしないその姿はいっそ不気味だ。
ただレオノールにとってはいつもの事なので、気にする事なく窓の外を指差す。
「そと いく」
アークバルトに抱っこされてレオノールは外へと向かう。
以前であれば好き放題に木々が生い茂った自然味溢れる姿が堪能できたであろうが、今は広い範囲で芝生が植えられ、木々はその向こうにお引越しだ。
「みち ある」
木々の合間に見える小道を見つけたレオノールは早く早くとアークバルトを急かす。行き着いた先には庭にあるとは思えぬほどの広さを誇る湖だ。
「レオノールは水が好きだろう。泳げるように作っておいた」
事も無げにアークバルトは言うが、魔の森の地下水をわざわざ引いてきているのだ。この暴挙に職人と宮廷魔術師は死んだ。なにせ納期は1ヶ月。今頃医務室にその屍を晒していることだろう。
「れお ポチャン する」
「泳ぎたいのか?」
「ちあう!ポチャン」
助けを求めてアークバルトの目がバーニャとジルへと向くが、2人は目を伏せ合わせようとしない。これぞ宮廷を生き延びる高難易度テクニックである。
「水の中に入りたいのか?」
「そう!」
違いがよく分からなかったが、やりたい事は分かった。
上半身裸になったアークバルトは無駄のない肉体美を晒している。2メートルを超える体躯、バキバキに割れた腹筋にぶ厚い胸板。髪をかき揚げる姿は雄の色香に溢れ、その逞しい腕に抱かれたいという女は後を絶たないだろう。
その横に居るのはかぼちゃパンツ一丁のレオノール。エロスが一気に遠ざかり、ほんわかファミリーの出来上がりだ。
レオノールが走り出そうとした瞬間、逞しい腕に抱き上げられた。バタバタと体を動かし抗議するがびくともしない。暴れるのを諦めたレオノールは不満気にアークバルトを見た。
「待て待て。この湖は深ぇんだ」
結局レオノールはいつもの様に抱えられて湖へと入った。進につれどんどん深くなり、今ではアークバルトの胸元まで水がきている。
「この辺でいいか?」
「ポチャン する」
「潜りたいのか?」
コクリ、と頷くレオノールに漸くアークバルトはポチャンの意味を知る。未だに謎に包まれたレオノールの生態に、これが良いことなのか悪いことなのかサッパリ分からない。
「水の中で息は出来るのか?」
返事の代わりにこてり、と首を傾げるレオノールに不安は増すばかりだが……期待の眼差しを向けられたアークバルトに断る術はなかった。
「いいか、少しだけだぞ」
ゆっくりと、ゆっくりとレオノールは沈んでいく。頭の先まで水に浸かれば、待ってましたと言わんばかりに蔓が伸びる。それは湖を覆い尽くさんばかりに広がり、レオノールはクワッと息をする。その瞬間、豊富な魔力を含んだ水がレオノールを満たし、湖と1つになった。その境界はやけに曖昧で、アークバルトが自分の中にいるのだと感じた。
「レオノール!」
焦った顔で自分を引き上げるアークバルトを見てレオノールは笑う。
「だいじょぶ。ここ れおの りょーいき」
「縄張りということか。こう言う所は金獅子らしいな」
「だれも はいったら メッなの」
「俺もダメなのか?」
そう問われてレオノールは考える。別に嫌ではない。むしろ好ましい、と。
「パパは いい。とくべつ」
「ハハッ、そうか特別か!」
いつしか湖を覆う蔦に色取り取りの花が咲き乱れ、その姿を一層艶やかに飾っていた。




