魔喰樹の本能
閉じこもったレオノールは蔓を幾重にも、幾重にも巻いていく。思い出してしまったのだ。沢山ニンゲンを食べたことを。そしてニンゲンを……オイシイと感じてしまったことを。
だからレオノールは幾重にも、幾重にも蔓を巻く。
誰も自分に近寄らないように。
自分が誰も食べないように――。
アークバルトが琥珀宮に到着した時、そこには普段の面影が全くなかった。
建物が見えぬ程に蔓が生い茂り、まるで1つの生き物のように蠢いていた。
蔓も普段レオノールが出しているものとは違い、棘がびっしりと生えて攻撃的だ。うねる蔓はどんどん増殖しているようで、瞬く間にアークバルトの足元まで広がってきたが……そこで何故かピタリと止まった。
「レオノール!俺だ!分かるか?」
そう声を張り上げた瞬間、まるでアークバルトを避けるかの様に蔓がサザッと音を立てて引いていく。蔓を追いかけるようにアークバルトが前へ出れば、まるで来るなと言わんばかりに地面を叩いた。
レオノールに拒絶されているようでアークバルトは唇を噛んだ。無理やり進むことも出来ず、バーニャとジルに連絡を入れてみるが、気を失っているのか応えがない。
「役立たずが」
それは眷属に向けた言葉なのか、それとも自分自身の不甲斐なさへか。
「レオノール、頼む。俺を拒絶しないでくれ」
無様に震える声は、まるで自分のものではないかのようだ。アークバルトは無意識にまとっている金獅子の力を解いて棘だらけの蔓に触れる。
プツリ、と切れた皮膚から流れでる血が自分への罰だと思えて、アークバルトは中心に向かって歩いて行く。その時、ポタッと地面を叩いた血に蔓がザワザワと震えた。
「怯えているのか?」
言葉に出せば、何故かそれが真実だと確信できた。少し考えて再び金獅子の力を漲らせれば傷が瞬く間に治っていく。本来ならいくら魔喰樹のものだとしても、棘程度でアークバルトの体を傷付けることなど出来はしないのだ。
アークバルトは蔓を傷つけないように慎重に進んでいく。みっちりと建物内に詰まっているのでその歩みは亀のように遅いが、建物を壊して何とか隙間を作っていく。そうしてしばらく行けばバーニャとジルが倒れているのが見えた。
2人の周りだけ蔓は棘を生やしておらず、レオノールの優しさに思わず笑みが漏れる。
部屋の中心には、壊れたベッドの残骸と大小様々な棘を生やした蔓が、何かを守るかの様に丸く固まっていた。
「ただいま、レオノール」
これはレオノールの心の壁なのだろう。自分を守るための防衛反応だ。では一体何から守っているのか。その答えをアークバルトは既に見付けていた。
「お前は誰かを傷付けるのを恐れていんのか?いいか、よく聞け。誰を傷付けようが、誰を殺そうが構わねぇ。俺が許す。何だったら俺が全部殺してやるよ。例え世界を敵にまわそうが俺は絶対にお前の側にいる。分かってんだろ?」
そう、自分たちはそういう存在。表でもあり裏でもある。相反する力を持ちながら元は1つであったモノ。
ソロソロと伸ばされた蔓が指をなでる。そこは先ほど棘が刺さった場所だ。
「もしかして俺を傷付けるのを恐れてんのか?」
アークバルトは苦笑する。未だかつて自分の身を心配した者など居ただろうか、と。その問いの答えは否だ。それはギルバートとて例外ではない。いや、同じ金獅子の力を持っているからこそ、その反応なのだと断言できる。
もしギルバートが戦いに赴くとしても、アークバルトは微塵も心配などしない。それほど規格外の力なのだから。
「お前のためなら幾らでも傷ついてやるんだが……嫌だったらやらねぇよ。約束する。お前に傷付けられるほどヤワじゃねぇ。安心しろ」
アークバルトが蔓をなでれば、先ほどまで確かに存在した棘はもうない。スルスルと解けていく蔓に手を差し入れるとその先に彼の宝物があった。
「もう大丈夫だ」
奇しくもそれは研究所でレオノールを助けた時に伝えた言葉と同じもの。小さな手がアークバルトを求めて伸ばされ、金と緑の目からハラハラと涙がこぼれる。
「ふえ、ふえぇぇぇぇぇん!」
声を上げて泣き出したレオノールを抱き上げたアークバルトは優しくその背をさする。
「ぱ、ぱ!ぱぁぱ!」
それがレオノールが初めて口にした言葉だった。




