「あの子と、朝のシャッター音」
【おはなしにでてるひと】
瑞木 陽葵
朝、髪をちょっとだけ巻こうとして失敗。むしろ寝癖っぽくなって絶望スタート。
公園で見つけた猫に、なんとか会話しようとしてたら、ちょっとだけ夢を見すぎた。
――シャッターを切る前に逃げられたけど、“やさしくされた記憶”が残った。
荻野目 蓮
陽葵が猫と目を合わせた瞬間、後の展開予想できたのでスマホをポケットに入れて待機してたのは秘密。
転びかけたとき、反射で支えたくせに、何もなかったみたいな顔をした。
――手を差し出すのに、理由なんていらないでしょ?
【こんかいのおはなし】
朝の公園は、ちょっとだけひんやりしてて、
空気に“まだ誰の色もついてない感じ”があった。
そんなときに猫に会ったら、そりゃもう、しゃべりたくもなる。
「おはよ……えっと……そっちも朝散歩?」
わたしの声に、猫はぴくっとだけ反応して、
でも、またしっぽを丸めてベンチの下に視線を落とした。
あれ、無視じゃないよね?ちょっとだけ、照れ屋さん……とか?
「……そのポーズ、写真にしたら絶対かわいいって」
スマホをそろりと構えて、角度を探して――
そのときだった。
足元、思ったより段差があって、バランスが、ふわって、崩れた。
「っと……大丈夫?」
声と同時に、腕を支えられてた。
振り向いたら、蓮が、ちょっと困ったような顔してた。
「公園でアクションシーンやるつもりなら、先に教えてほしいな」
……ちょっとだけ、悔しい。
でも、転びかけたのに、笑ってくれたのが、
なんか、ホッとした。
猫は、その隙に、すいっと植え込みの奥へ走っていった。
カメラのシャッター、切れなかった。
声も、かけられなかった。
「……あ、行っちゃった」
その場にしゃがみこんだまま、
ベンチの下に残った体温を、ちょっと見つめる。
そしたら、また声がした。
「ほら、コンビニ行こ。お腹すいてきたろ」
顔をあげたら、さっきと同じ手が差し出されてた。
いつの間にか、ちゃんと、温かかった。
「……うん。なんか、クロワッサンの気分かも」
立ち上がる前に、
小さく手を振ってみる。
「またね、猫さん」
風がすこし、前髪を揺らした。
それでちょっと、顔が見えなくなったの、
わたしにとっては、助かった気がした。
クロワッサンと、たぶん、オレンジジュースと、
シャッター音が鳴らなかった朝の記憶。
それが、今日の始まり。
【あとがき】
陽葵、まだ“自分から踏み込む勇気”を、探してる途中。
でも蓮は、もうずっと隣にいて、転びそうなときの“クッション役”になってる。
そんなふたりの朝には、シャッター音がなくても、ちゃんと“何か”が残るんだよね。