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第5話 幸せな時間

「私のLv.6到達、そしてミアのエリシアパーティー加入一周年記念にかんぱーいっ!」


 エリシアが木を伐り出しただけの机に身を乗り出して、ジョッキをかち鳴らす。ミアは小さなグラスを軽く掲げながら、そうだったのかと思った。

 もう一年、このエリシアパーティーにいるのだ。助けてもらった後、行く当てがないと言ったあの日、エリシアはミアに尋ねてくれた。


──ダンジョン、怖くなっちゃった?


 ミアは首を振った。復讐をすると決めたのだから、強くなる手段を選んでなどいられない。ましてやその一番効率的な方法がダンジョンに潜って経験値を得ることであるのに、それをみすみす見逃すなどするはずがない。

しかしそうやっているうちに、ミアは復讐心を忘れていた。周りのメンバーが心優しすぎたのだ。


 ミアはシードルで満たされたグラスを片手に、店の隅に移動した。

 今日はおごりよ、と気が大きくなっているエリシアを傍に、静かな場所へ移動する。


「おまちどおさま、リクラス特製バターコーンましましハンバーグになります」


 金髪に腰エプロンを身に着けた青年が、あつあつの鉄板を手に席へやって来る。ミアは彼を見上げて、彼特性のハンバーグステーキに目を輝かせた。ハンバーグの周りにはまるで湖のようにコーンが敷き詰められている。


「前にコーンが美味しいって言ったこと、覚えててくれたんですね」

「もちろん。お得意様のご要望はちゃんと応えなくちゃね。エリシアパーティーのためにも、ミアちゃんには大きくなってもらわないと」


 ミアはじゅうじゅうと音を上げているハンバーグにナイフを差し込む。中から肉汁があふれ出して、ミアは口許を緩めた。


「ごゆっくりどうぞ」


 柔らかい肉にフォークを刺して一口。それからコーンをひとすくい。

 絶品だと口いっぱいに頬張っていたら、ひとしきり話を終えたエリシアがミアの席にやってきた。目の前に黙って腰を下ろして、去り際のリクラスにビールを注文する。


「いつも美味しそうに食べるわね。それにしてもコーン、多くない?」


 ミアはハンバーグを見下ろして、それからハンバーグを見つめているエリシアの様子をちらりと窺う。


「……一口食べますか?」

「いや、そういうわけじゃなくて! 食べたかったら頼むもの。ええっと……ミアが美味しそうに食べているのって、すごく可愛いなって思っただけ」


 エリシアは手を振ってそう言う。ミアはやっぱりハンバーグが食べたいのだと思って、一口サイズに切り分けてフォークの先をエリシアに向けた。

 エリシアは先ほどよりさらに焦って赤面する。


「えっ」

「口を開けてください」

「い、いいの?」

「いいですよ、一口くらい。ほら、あー……」

「そっ、そうじゃなくて!」


 エリシアは何かに焦って、しばらく慌てふためく。しかし諦めたのかフォークを受け入れることにしたようだった。

 エリシアは目をぎゅっと瞑ったまま、差し出されたハンバーグを頬張る。すぐにハンバーグの熱さに驚いて目を見開くが、なんとか熱さに耐えて咀嚼し飲み込んだ。


「ありがとう、今までで一番美味しいわ……」

「わかります。バターコーンのバターのおかげでしょうか、いつもよりも味に深みがあるような気がします」


 エリシアは何か言いたげな目線を向けてくるが、どういうことだろう。ミアは首を傾げた。

 エリシアは伝わっていないことに気づいたらしいが、説明などをすることもなく、すぐに運ばれてきたビールを受け取るなり一気に飲み干す。


「そんな風に飲んじゃったら、目が回りますよ」


 ミアの言った通り、エリシアはすぐに目を回してテーブルに突っ伏した。急激に顔全体が赤くなっていく。


「ああっ、お水を飲んでください」

「……ねーえ、ミアは幸せ?」


 ミアは水を差し出しかけた手を止めた。


「……」

「私はミアが居るだけで、とんでもなく幸せよ。だからこれからもずっと、うちの蟲操師でいてほしいの……。ずっと、ずっとね……」

「み、水を……」


 エリシアは酒に弱かった。ミアの返答を聞くまでもなく、すぐにぐう、と寝息を立て始める。

 ミアは手に持っていた水のグラスをテーブルに置いた。そして椅子に座り直す。


「……もちろん幸せ……でした。わたし、エリシアのこと命の恩人だ、ってずっと慕っています。エリシアが優しくしてくれたから、恨みを忘れてこられた……」


 だから。

 ミアはフォークを手に取って微かにじゅわ、と悲鳴を上げるハンバーグを突き刺した。そして口の中に頬張る。


「だから、その安寧を壊すような人はとっても許せないんです」


 ミアはパレードのあった公道の方を壁越しに見やった。

 きっとこれは理性的でなくて、エリシアの掲げる正義でもないのだろうけど、やってやらないと腹の虫が収まらない。


 ミアは頭をすり寄せてくるセンティピードの身体に手を伸ばして、一度だけするりと撫でた。







 最低限の荷物をトランクに詰める。

 衣服、下着、ローブ。杖、本、そしてポーション。

 ミアは人一人いない拠点を歩きながら、ふとエリシアのことを思い出した。私怨に塗れた人間など、正義感の塊のような彼女がここに置いておきたいと思うはずがない。


 みんな酒場で酔いつぶれているのをこれ幸いと、ミアは拠点を後にする。


 まずはギルドだ。あるだけのお金を降ろしに行く必要がある。

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