第3話 蟲操師として
エリシアパーティーは四人の女性だけで構成されている。
リーダーである剣士エリシア、後衛魔導師を担う最年長エルフのレイノワール、蟲操師のミア、そして前衛密偵のハーフリング、メルバだ。
メルバは正式なパーティーメンバーではない。パーティーを掛け持ちしているらしく、寝泊りはエリシアパーティーの拠点で行っている。エリシアの幼馴染みらしく、それらが許されているらしい。
「だぁーっ! ぅるせーな、その音ッ」
ダンジョン十七階層にて、ミルバはハーフリング特有の子供のような体で地団駄を踏んだ。そして指先をミアに向けてくる。
「え、えっと」
「蟲の羽音! ぶんぶんぶんぶん気が散ってしょうがないってんだよッ」
ミアは突然責任追及をされて戸惑ってしまう。
メルバは茶色い段違いのショートカットを揺らして近づいてくると、ミアの手の中にある杖を奪い取った。蟲を操る助力となっていた杖を奪われて、それまで活発に地面を這っていた蟲たちがぐったりと動かなくなってしまう。
「ちょっとメルバ、ミアになんてことしてくれんのよ!」
エリシアが怒りに任せてメルバの襟ぐりを掴もうとするが、彼女はさすがの身のこなしで伸びる手からさらりと逃れた。
「あたしにモンスターの探知をしてもらいたいんなら、そのガサガサブンブンって蟲に言わせるのをやめることだな」
「ご、ごめんなさい。えっと……イモムシとかムカデなら大丈夫ですか?」
「そんくらい自分で考えろっ」
メルバは今まで溜めていた鬱憤を吐き出すがごとく、ダンジョンの奥へずんずん足を進めていく。ミアは耳許でじっと構えているセンティピードに手を伸ばして撫でた。
「大丈夫です。あの人は良い人だって分かってますから」
こうやってメルバが人に食って掛かることはよくある。幼馴染みのエリシアは当然ながら、レイノワールに最年長ぶった態度が気に入らないとか、ミアの控えめな態度がむず痒いとか、些細なことで文句をつけてくる。
けれどそれは、ちょっとした忠告だ。ミアもこの性格があまり良くないことはわかっている。昼もエリシアに「がつんと言ってやらないと」と言われたばかりだ。
ぞろぞろと奥へ進んでいると、メルバが前方で足を止めた。ミアも嫌な空気を肌で感じ取る。続くエリシアが、耳をすませるメルバを見て、口許に人差し指を立てて振り返った。ミアとレイノワールは頷いてじっと黙ることにする。
「十秒後、右奥だ」
エリシアは抜いていたレイピアを言われた方向へ構える。レイノワールは緑に光る魔法陣を展開させ、ミアは中衛に立って杖を抱きかかえた。
朝とは日にならない量の魔力をじっくりと体内に集中させて、胃液が沸騰するような感覚を確かめる。ぶくぶくと腹の中で音が鳴るのを聞いて、ミアは被っていたフードを払い落とした。後頭部で結ぶ目を覆った布を解くと、空洞の眼窩を晒す。
身体はそのまま、瞳だけを寄こしているエリシアは相変わらず小さく息を飲んでいる。何度見ても慣れることはないらしい。しかしミアはパーティーのためにこれをする。
「『我が身に植え付けし化生の卵、今こそ目覚める時。我が身を母体とし、この地に生まれ落ちたまえ』」
詠唱を口にすると、腹の中にいた物が一斉に喉にせり上がろうとした。ミアはすでに慣れた嘔吐感を殺すことなく喉押し開いた。しかし量が膨れ上がったそれはミアの喉を躊躇なく食い破る。そして空いた眼窩へ飛び出した。
「『蟲生』──」
ミアは喉を破られたせいで口から蟲と共に血を吐きだす。レイノワールは普段通り、その負傷を見越して簡易的な回復魔法をかけてくれた。
「さん、にぃ……来るっ!」
メルバの声掛けにエリシアが飛び出した。ひびの入った壁からモンスターの肌と思しき毛皮が覗きはじめる。
対してミアが生み落としたものは、ミアの脚の長さ程もある黒い光沢を持つムカデ、足の細長い単眼を輝かせるクモ、そして肉を噛み切る頑丈な顎を持つアリが列を成し、スズメバチやアシナガバチという肉食がおまけにミアの体内を齧って羽ばたいていく。それらが一斉に、牡牛を模した大人二人分ほどの大きさを誇る、筋骨隆々の二足歩行のモンスター──モラクスオックス──の身体を覆っていった。
モラクスオックスは五感を奪われてその場にもがく。それを認めたエリシアは高く飛びあがると、左右を見失ったモラクスオックスに切りかかってゆく。エリシアがざっくりと作った大きな傷口に、蟲たちが潜りこむというわけだ。
肉が切り開かれたところに、レイノワールの杖から繰り出される追撃が襲いモンスターの核を破壊する。濁った宝石のような核が壊れると、モンスターは生命活動を停止する。
「この程度なら楽勝ね」
エリシアは最後の一体を真っ二つにすると、核を狙って一突きした。核を破壊されたモンスターは体が空中分解されて塵となり消える。
「そんなこともできるんだな」
レイノワールがエリシアの手を払う姿に声をかけた。エリシアはにっこりを微笑んで振り向く。
「なんせLv.6ですもの。突きの性能が上がってよかったわ」
エリシアはプレートアーマーに覆われた胸を張ってみせる。
「エリシアには先を越されたな。……さて、そろそろ終わりにするか? ミアが疲れてはこの後の会も楽しめない」
「そうね」
ミアはレイノワールによるささやかな問いかけにダンジョンの奥を見つめた。まだ体力は残っているが、本日二度も蟲に喉を食い破られたので休みたい気持ちもある。
枯れかけた喉に軽く触れてミアはエリシアを見上げた。エリシアは察したように優しく微笑んでくれる。
「帰りましょうか」