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第20話 エリシアの心配性

 じっと背中を這うような視線。さりげない動作でソファに腰掛けなおして、珍しく足を組んだりしてみる。


 ミアは少し困っていた。

 エリシアの心配性に。手洗いに立ち上がると「どこに行くの」と尋ねられ、グラスを手に取ろうと背伸びすれば「座ってて」と後ろから声を掛けられる。

 そのせいで、ミアはリビングのソファに腰を据えたまま動けなくなってしまった。


 そろそろ寝ようという時刻がやってきたが、寝かすまいという意思表示なのか真後ろをついて歩いてきた。


「エリシ──」

「ミア」


 後ろからついてまわる足音に、振り返ろうとするとそれを遮る形でエリシアの声が振ってきた。

 エリシアは珍しく口ごもらせて、指先を弄っている。思っていたような態度ではなくて、ミアは少しばかり驚いた。


「どうかしましたか?」


 ミアが尋ねると、エリシアははっと我に返ったように顔を上げて、それからまたすぐに口の中で言葉を咀嚼していた。


「……その、今晩はどこで寝るつもりなの?」


 エリシアの手がミアに伸びる。そっと手首を掴まれて、ミアは今朝の出来事を思い出した。洗った寝具はまだ乾ききっていない。予備の布団もなければ、マットレスの上に直接寝るわけにもいかない。


「もしかして、それを訊くために?」


 ミアは尋ね返すと、エリシアはこくこくと頷いた。その調子は壊れた人形のようでぎこちないが。


「一日くらいならリビングのソファでも事足ります」

「それはだめよ!」


 エリシアに詰め寄られて、ミアは戸惑う。


「朝、身体が痛くなっちゃうでしょ? ミアにはちゃんと体を休めてもらいたいのよ」

「で、でも」

「……私のベッドを貸してあげる」


 ミアは目を丸くした。


「じゃあエリシアはどこで寝るんですか」

「リ……リビングのソファとか?」

「身体が痛くなるって、エリシアが言ったんですよ?」


 エリシアは口を噤んだ。

 別段、ソファでもいいのだ。ミアは硬いベッドで寝たこともある。それと比べればここのソファの方が何倍も心地いいに決まっているのだから、やはりエリシアは心配性に拍車がかかっている。


 けれどエリシアはまだあきらめていないようで、ミアの腕を掴んだまま唸った。そのまま首を明後日の方向に動かす。


「……私のベッドに二人で寝ましょう」


 予想外の提案に、ミアは少しだけ反応が遅れた。


「ほら、私のは街の福引か何かで当たったやつだから大きいのよ」


 確かに一般的なものと比べたら大きかったような気もするが。これが一番の良案なのかと首をひねる。しかしエリシアはそうと決めたようで、ミアの顔を伺うことなく腕を引いた。


 エリシアの耳が赤い。確かにいい年して一つの布団に二人で眠るのは恥ずかしいかもしれない。寝相が悪くてエリシアを蹴飛ばしてしまったらどうしよう。


 ミアはじんわりと手のひらに汗がにじむのを覚えながらも、できるだけ意識しないようにエリシアの後ろをついて歩いた。


 部屋の扉を押し開けて気づく。確かにそこはエリシアが寝起きする部屋で、当たり前のことなのだが。


「……エリシアの匂いがします」


 エリシアはぴたりと足を止め、ミアを振り返ってきた。


「あ、いや……いい匂いだと思って」


 ミアは取り繕うように言う。言葉選びを間違えてしまった。

 エリシアの匂いは甘すぎず、爽やかすぎず、ミアにはちょうどいい。


「なんか強引に連れてきちゃったし、嫌だったら言ってくれてもいいの」


 随分と語気は弱めだ。けれどミアの腕をしっかりとつかんで離すつもりはなさそうだった。そしてミアもその言葉に甘えるつもりになってしまっている。

 ミアは首を横に振って、エリシアより先にベッドに腰掛けた。サイズがあるからか、マットレスが深くたわむ。


「明日はお出かけですから、早めに寝ましょう」

「そうね」


 エリシアはほっとしたように顔を綻ばせた。ミアはエリシアの手を引いてベッドの上に誘う。ミアは壁側に、エリシアはミアの隣に寝転がった。深呼吸をすると、エリシアに包まれるような感覚になる。


 少し落ち着かないかもしれない。そう思ったのも束の間で、気づけばミアは夢の中にいた。

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