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第2話 蟲に愛された少女

「……っ」


 ミアは朝のさえずりに目を覚ました。

 またこの夢だ。ミアは悪夢のせいで上がった息を整える。


 一年前、ミアは死にかけた。不運に不運が重なり、唯一の幸運は気絶したミアを助ける存在がいたこと。だから今、こうやってふかふかのベッドで朝を迎えることができている。

 早鐘が収まるのを感じ始めた頃、暗闇の中でミアは静かに鼓動を聞いた。そして今度は血の巡りを思い浮かべる。


 血液のエネルギーの終着点を胃に集中させると、体内でごぽり、と何かが生まれる音がした。ミアは上半身を倒して、口を開く。体内をうごめく多足に喉を開くと、それは舌の上を這いずって布団の上に着地した。


 ミアは手を差し出すと、それは腕を伝って肩からミアの耳の上に登る。ミアはうっすらと開け始めた明るさに、その存在へ意識を集中させた。

 やがてミアの視界に、いつもの風景が映る。


「今日もよろしくお願いします、センティピードさん」


 手のひらほどの大きさで黒々とムカデの見た目をしたそれは、ミアの耳の上で頭をすり寄せてきた。


 皮肉なことに蟲型モンスターに身体を蹂躙された影響で、ミアは固有魔法──スキルを習得していた。【蟲生むしうみ】というそれは、魔力で蟲型モンスターを生成し、ミアの能力の内では自由に操ることができるというものだ。ミアはまだ未熟なので万能とはいかないが、使役して戦われるくらいはできる。


 センティピードとは、ミアを死の淵に追いやった元凶であるモンスターの種と同じであり、大きさは相違あれ見た目はそのままそっくりだった。


 ミアはセンティピードの頭を優しく撫でると目覚まし時計を確認する。短針は文字盤の九と十の間を指しており、ミアは驚きベッドから飛び降りた。眠りすぎてしまったのだ。


 ミアは手癖でシニヨンを完成させると、ハンガーにかかった白のワンピースを着て背中でリボンを作る。上から紺のベロア生地で仕立てられたローブを羽織って、ぽっかりと穴の開いた眼窩を隠すように布で目元を覆った。仕上げにはローブのフードを被る。

 姿見で全身を軽く確かめると、ポシェットを掴んで部屋を出た。


 今日は昼からダンジョンに潜る予定だ、と言われていたのだ。まずはギルドで以前ダンジョンに潜った時の成果を解析してもらい、次に消費した分の武器やポーションの補充をする。頭の中で順序を組み上げながら、ミアはギルドの木製扉を押し開けた。


 人はあまり多くない。これなら解析待ちが短くて済むと安堵しながら、カウンターに立つ女性に声をかけた。


「エリシアパーティーのミア・グーテンベルクと申します。解析をしに参りました」


 女性は突然現れた背の低い少女に目を丸くしながらも、取り繕った笑みを浮かべて奥へ引っ込んでいく。


「あの銀髪……エリシアの……」

「……生きる……ダンジョン……目を食わ……」

「モンスターが……フードを……」


 ミアは噂する冒険者たちのささやきに、ポシェットの肩紐を強く握り締める。そんな風に言われても今更傷つかない。けれど快いものでもなかった。


「お待たせいたしました、ミア様。さあ、本日も解析いたしましょう」


 ミアは落ち着いた優し気な声音に顔を上げた。穏やかな雰囲気を纏う、頭に生えたウサギのような耳が特徴的なこの若い女性はギルドで働く解析師アナリストだ。


「今日もお願いします、セルン」


 兎人レプスヒューマンのセルン・オーガネストは嬉しそうに耳をひょこひょこと動かすと、ミアににっこり微笑みかける。


 案内されたソファに向かい合って腰掛け、普段通りミアは右手を差し出すと、セルンが左手でその手を掴んだ。セルンの右手には羽ペンが握られている。


 ミアはどくどくと血液の流れが支配されてゆく感覚に身をゆだねた。セルンと鼓動が揃っていくような、不思議な感触。その間、セルンは右手を動かして何かを書きつけている。


「先日のダンジョンは大変でしたか?」


 セルンはミアから手を離すと、ペンで書きつけた内容にくすりと笑った。


「……終盤、魔力が尽きかけてしまって視界が暗くなってきた覚えはありますけど……」


 ミアは紙を受け取るなり目を瞠った。



 【ミア・グーテンベルク】Lv.3

 職業:蟲操師デミ・テイマー

 スキル:蟲生むしうみ

 筋力F⇒E 耐久F⇒D 魔力S 俊敏D⇒C 幸運E 器用B



 接近戦闘や、危機に瀕した時大幅な上昇が見込めると言われる、筋力耐久俊敏の三項目が上がっている。魔力は紙面上頭打ちしているが、それなりに成長しているだろうと思われた。なお、幸運に関しては周囲を取り巻く環境で変動するので、ミアの努力はあまり関係ない。

 前回は少し無茶しすぎてしまったようだ。


 ミアはセルンに解析の感謝を伝えて立ち上がると、後ろから掛けられた聞き慣れた声に振り向いた。


「ミア。おはようも言わないでどこに行ったかと思えば……やっぱりここだったのね」


 太陽のような金髪をポニーテールに持ち上げた、鮮やかに燃える紅い瞳が特徴的な少女。ミアは彼女を見上げるなり、頭を下げた。


「ごめんなさい、今朝は寝坊してしまって……昼のダンジョン潜りに間に合わせないと、って思って急いでいました」

「ミアってば、昨日も遅くまで本を読んでいたんでしょ」


 ミアはあからさまに顔を逸らす。なぜバレている。

 モンスターに両目を食われてしまったミアは、蟲の協力で視界を得ている。それには魔力の消費が必須なわけで……つまり本を読むのですらミアは魔力を消耗してしまうのだ。


「はあ……まあいいわ。セルン、私の分も解析してもらえる?」

「ええ、もちろん。そこにお掛けください」


 ミアが先ほどまで腰かけていたソファへ、今度はエリシアが座る。

 ミアはしばしの間二人から離れた。ポーションの補充はギルドでも行えるので、今のうちにやっておこう。

 そんな時、ミアは厄介な声に捕まってしまった。


「うちで買ってかない?」


 振り返った先には、鼠のような獣の耳が生えた小柄な男性が肩から箱のようなものを下げて歩き売りしていた。ギルドでこのような商売をするとは肝が据わっている。ミアは感心半分に、その声を無視した。大抵ぼったくられるのが落ちだ。


「安くするよ」

「……」

「お嬢ちゃん、『生きる地下迷宮ダンジョン』って異名の冒険者さまだろ」


 ミアは思わず意識を向けてしまった。目が合った男性は底意地の悪そうな笑みを浮かべて、いやらしい動きで手を招く。


「その名前で呼ばないでください」


 眉根を寄せて、ミアはきっぱりと申し立てた。


「いやぁ、エリシアと一緒にいる銀髪盲目の少女って言ったらそれしかねえしなぁ……」


 ダンジョンはモンスターを生み出す。ミアのスキルは、蟲型モンスターを体内で生成すること。この共通点から付けられた異名が『生きる地下迷宮』だ。


 そしてエリシアはかなりの有名人だった。お人好しで溌溂とした明るい剣士の少女。十九歳とは思えない包容力で、まるで勇者だと称する人もいる。実際、ミアはそんな彼女に助けられたから生きているのだが。

 そんな彼女の側にいる目を隠した少女がモンスターを生み出すとは、噂の格好の的だ。


「なあ『生きる地下迷宮』さまよ、買ってかないかい」

「や……やめてください」


 ミアは男性を振り切ろうとするが、なかなか粘着質だ。


「すみません、ポーションを一ダース」


 貯めた日銭が詰まった麻袋をギルドのカウンターに差し出すと、職員はミアの背後にいる歩き売りに非難の視線を向けて、物資置き場へと消えていく。この人のせいで余計よくない噂が流れてしまったら、エリシアにも迷惑がかかる。


「ミアが嫌がってるの、分からないかしら?」


 やきもきしていると、頼りになる声がミアを助けてくれた。片手に用紙を持ったエリシアだ。解析を終えた彼女は男性の首根っこを掴んでミアから引きはがす。


「エリシア」

「ミアもがつんと言ってやらないと」


 背丈のあるエリシアはミアの代わりにポーションを受け取ると、箱ごと軽々と片手で持ち上げた。剣士である彼女はミアより特段に力がある。

 エリシアは早くギルドを出ましょうと提案をしてくれた。


「あの、ありがとうございます。ポーションも持ってくれて……」

「何言ってるの、ポーションが切れたのは私たちが先を顧みずに魔力を使いまくったせいでしょうが。この前はミアの分が残ってなくて、怖い思いをさせたわね」


 エリシアはミアの細い指に自身の指を絡ませる。ミアは少し驚いたがその手を軽く握り返した。解析の時とは違う、面での触れ合いは心が温まる。


「……またミアが変なやつに絡まれると、困っちゃうからね」

「ありがとうございます、エリシア」

「あと私、レベルが上がってたの」


 エリシアは満面の笑みで言う。ミアは目を丸くした。

 エリシアの目線の先にミアが目を向けると、腰に紙が刺さっていた。解析を見てみろということだろう。ミアは頷いて紙を引き抜く。



【エリシア・ロスマリオネット】Lv.5⇒Lv.6

 職業:剣士セイバー

 スキル:炎纏ひまとい

 筋力B⇒F 耐久C⇒F 魔力B⇒F 俊敏A⇒F 幸運C 器用C⇒F



 レベルが上昇するとステータスはふりだしに戻る。とはいえ、Lv.5のAとLv.6のFは同等程の能力値だ。

 ミアはエリシアのレベル表記を見て頬を緩ませた。


「すごいです。もう上級冒険者の仲間入りですね」

「そうでしょうそうでしょう。だからね、今日のダンジョン潜りは早めに済ませようと思ってるの。夜はいつもの酒場でお祝いよ」


 エリシアは鼻を高くして言った。ミアも誇らしい。ミアはまだ中級冒険者になったばかりだが、もっと頑張らなくてはいけないと思う。


「帰ったら早くダンジョンに向かう準備をしましょう」

「そうね」


 意気込むミアにエリシアは眉を下げて頷いた。

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