表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/36

第1話 すべての元凶

「あ、あの……今からダンジョンに潜られますよね?」


 身の丈ほどある長い杖を抱えた少女が五人組のパーティーに声をかける。もう三日、ミア・グーテンベルクはこうやっていた。

 しかしこの人たちも例外ではなく、ミアの頼りなさと幼さを一瞥するなり顔を背ける。


「お、お願いですっ。報酬は要りませんから、どうかパーティーに混ぜてください!」


 必死に縋ってみるがミアの願いは聞き入れられない。とりつく島のなさに、ミアは心が折れかけていた。


 両親を火事で亡くした七歳のとき、ミアは遠縁の大叔母に引き取られた。大叔母は気難しい人で、八年粘ってみたがにこりと微笑むところすら見ることができなかった。


 だから早く独り立ちをしようと、夢の集まる場所ウルサリアにやってきたのだ。

 ギルドに名前を登録して、親切なパーティーに入れてもらい、日銭を稼ぐ。それならできるかもしれないと、期待を抱いて田舎からいざ飛び出してみたのだが。


「あ、ちょっと待ってくださいっ」


 パーティーには正式メンバーではない人間が混じることがある。仲間にするにはあまりいい噂を聞かないとか、ミアのように駆け出しで正式メンバーとの実力差が目立つときだ。


 前者はすんなりと混ぜてもらえる。素性は知れないが、実力充分で足を引っ張る──むしろいいように導いてくれることすらあるからだ。

 しかし駆け出しはどうだろう。初心者はリスクを背負ってやって来る。


 ミアは自身が厄介者であると自覚しながらも、これ以外の方法を思いつくことができなかった。けれどもう手持ちも尽き始めている。そろそろ冒険者の夢は諦めて、どこかで働くべきなのか。


 次で華々しい二十回目の玉砕を迎えようという時、ミアは向けられている視線に気が付いて顔を上げた。


「……えっと」


 男性三人女性一人の四人組パーティーがこちらを見ている。ミアの行動を一部始終見ていたようだ。他のパーティーはミアを見るなり避けてゆくが、彼らは違う。その興味深そうな視線に期待を抱いてもいいのだろうか。


 ミアは意を決して声をかけた。


「すみません、皆さんは今からダンジョンに?」


 四人組は顔を見合わせると、リーダーらしき赤髪の青年が小柄なミアと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「そうだよ。お嬢さんは親切な仲間を探しているみたいだね」


 青年はにっこり微笑む。今まで邪険にされていた分、ミアは顔を綻ばせた。やっといい人に出会えた。


「そうなんです。わたしウルサリアに来たばっかりで、どうしたらわからなくて」


 まごつきながらミアが自身の至らなさを説明すると、青年のみならずメンバーが各々うんうんと首を振ってくれる。


「初めはみんなそうだからね。初心者を避ける人たちは、自分たちがまだひよっこだった時を忘れているんだよ。俺の名前はイルク、よろしくね。小さな魔導師メイジさん」

「あ……はい! わたしはミアと言います」


 三日目にしてやっと幸運が訪れた。

 ミアは背負っていたナップサックを下ろすと、ギルドで初期装備として用意してもらえるポーションを取り出した。感謝のしるしだ。

 しかし彼らはもう一度顔を見合わせると、吹き出すように笑った。


「それは君が持っておくといいよ。俺たちは稼いだ金で買えるからね」


 かくしてミアは心優しいパーティーにめぐり逢うことができたのだ。







 しかしながら、それが始まりだということをミアは理解できていなかった。

 岩肌がむき出す洞窟のようなダンジョンに漂う冷気。目の前で雄叫びを上げる巨大な牛型モンスターに足がすくむ。パーティーに混ぜてもらうのは初めの一歩ですらなく、本番は潜ってからなのだ。


 ダンジョン二十階層、中級冒険者が太刀打ちできる深さでそれは起きた。


「ミア、君はなんの魔法が使える?」


 剣を構えた姿勢のまま競り合いから引き下がってきたイルクが尋ねる。


「え、えっと。初級魔法全般です」


 魔法には初級、中級、上級と、固有魔法──スキルがある。固有魔法とはいわゆる生まれつきの才であって、級のつく魔法はそれ以外のものすべてを指す。

 つまり初級魔法は、学ぶことで習得できる初めの魔法だ。固有魔法はまだ顕現していないので、ミアはそれしかできなかった。


「じゃあ、後ろからタイミングを計って援護して」


 イルクは簡潔に言うと、再び奥の岩壁から体を捩り出して現れたモンスターに立ち向かっていった。ミアは杖を両手で掴みながら、必死に習得した初級魔法を思い出す。


 鼓動を聞いて、血管の巡りを想像する。指先に熱を集めたら、炎のイメージを思い浮かべて──。


「……っ」


 ミアは肩を落としてその場に膝をついた。

 できない。

 机の前では、豊かな草原では容易くできていた初級魔法が使えない。モンスターの咆哮が反響する、暗く不安に満ちたダンジョンでは到底。

 ミアが絶望しているうちに、湧いていたモンスターはひとしきり捌かれたようだった。イルクが側にやって来て優しい手つきでミアの背中を撫でる。


「大丈夫だよ。初めてはみんなそんなものだ」

「……はい」


 力が抜けた足を奮い立たせ、ミアは立ち上がろうとする。しかし思うように動かない。魔法すら使えないだけでなく、歩くことすらできないとは、自分を見捨てていった人たちの判断は正しかったのだと思わせられる。


 落ち込むミアに一本のガラス瓶が差し出された。その手を辿ってイルクを見上げる。


「これは……?」

「女の子はいい匂いが好きだっていうだろう? これで気分を上げて、ミア」


 ミアはそれを受け取って、霧吹き部分を押してみた。いい香りのする霧状の液体が顔に噴きかかる。


「きゃっ」

「ちがう、逆だよ」


 イルクは肩を揺らして笑いながら、ミアに香水瓶を握り直させた。


「こ、こうですか?」

「そうそう」


 ミアは言われた通りもう一度ポンプを押した。今度は上手く噴き出してくれて、手首から華やかな香りが漂ってくる。手首を鼻に近づけて、ミアは表情を緩めた。


「ありがとうございます」

「女の子は笑っていた方が可愛いからね」


 イルクは立ち上がると奥へ進みだした。仲間たちも迷いなく続いていく。ミアも慌てて立ち上がり、四人追いかけた。


 それからいくつか階段を下り、ダンジョン二十三階層。モンスターが壁を割って生まれだす。ミアは側面から突如現れた醜悪な見た目に驚き飛びのいた。

 ミアの指よりも太いムカデの見た目をしたそれは身体をくねらせ、必死に岩壁から這い出ようとしている。長い触角がミアに狙いを定めていた。


「ひっ」


 杖の先をムカデ型モンスターに向けるが、未だ一つの魔法すら使えない。横からイルクに身をさらわれ、ミアはなんとか後方に下がることができる。

 なにかできることは。ミアは小さな頭で必死に考えた。しかしその間にも戦闘は激化してゆき、ミアはその異常事態に気づくことになる。


「撤退だ!」


 イルクは必死の形相で叫んだ。

 ミアはいつの間にか、撤退部隊の一番後ろになっていた。魔導師は最後尾を避けるべきである。魔法には詠唱がつきものなので攻撃に時間がかかってしまう。そのため撤退の前方と後方は接近戦闘の強い剣士などがいるべきなのだ。


「待ってください!」


 ミアは必死になって追いかけるが、追いつけない。中級階層に潜ることができるということは、彼らは大方Lv.3以上だ。Lv.1のミアが追い付けるわけもない。戦闘力だけでなく、脚力も雲泥の差だ。

 そう思っていると、イルクがふいに足を立ち止めて振り返った。


「作戦変更だ! ミアはこれを持ってこっちに走れ!」


 そこは分かれ道。右と左に分かれていて、ミアはイルクから投げられた香水の瓶を間一髪で受け取った。どうして今、これを。


「早く!」


 しかし考えている暇はない。ミアは瓶を掴んだまま指示された右の通路に入る。


 するとどうだろう、モンスターたちは皆ミアを追いかけ、節足をうごめかせて右の通路にやってきた。ミアは顔を引きつらせながらも、息絶え絶えになって走る。


 そのとき不意に香水の瓶が割れてしまった。元々ひびが入っていたのだろう、ミアが強く握りすぎて割れてしまったようだ。ガラス片がミアの手を傷つける。強い香りを放つ瓶の中身が全身に飛び散るが、立ち止まってはいられない。

 すぐ後ろでガラスが砕きつぶされた音を聞いて、ムカデがすぐ後ろまで迫っていることを知った。


 ミアはやっと気づいた。自分はおとりにされたのだと。

 この香水はモンスターを引き付けるためのものなのだと。数刻前、喜んで振りかけた自分が馬鹿らしい。そして初心者の自分をだまし、モンスターの餌にしようとしたあいつらが憎々しい。


 ミアは目の前に迫り来る壁に絶望した。前は行き止まり、後ろは敵。

 迷っているうちに、ミアは背中に強い衝撃を受けてその場に倒れ込んだ。腰を固い床に打ち付けた痛みに呻くひまはない。気味の悪い細かな足が眼前に迫る。


「いやだっ、やめてぇっ!」


 間違って顔に香水が振りかけてしまったことを思い出した。

 ミアの指より太く、脚よりも長いムカデが強い匂いを求めるように身体を這いまわる。ミアは肌を登る数えきれない量のモンスターに恐怖した。


「死にたくないっ、こんなとこで死ねないのっ……!」


 杖を振り回すが、ミアの非力ではすぐに力が尽きてしまう。ミアは顔をそのたくさんの足で這い回られて、その場にもがき苦しんだ。


「いっ」


 腕が噛みつかれる。ぶちぶちという繊維の裂ける音と酷い血の匂い、それから叫びたくなるほどの激痛に、ミアは現実を逃避する。やめてと言ってやめてくれるモンスターはいない。足の肉が引き裂かれる感触に口許を押えようとした。

 あまりに現実味のある痛みは体が嘔吐を誘う。


「……たすけて、誰かっ!」


 必死になって空気を求めた。息苦しい状況に、ミアはしでに全身がモンスターに覆いつくされているのだろうと思う。でも死にたくない、死ねない。まだ人生は始まったばかりなのに。


 吐瀉物の味に思わず口を開くと、その隙間から蟲たちの侵入を許してしまった。体内を這いずってゆく感覚はおぞましく、しかしミアは悲鳴をあげようにも困難だ。喉に何かが引っかかってえずきだけが口からこぼれる。


 内臓を食い破られる音が体内から耳に響く。身を抱えて悶える余裕もない。悲しいかな、痛みを受け入れるのみだ。蟲たちはミアの体の中を好きに荒らしまわり始めた。血液が沸騰するように熱い。まるで初めて魔法を使った時のような魔力の流れを覚える。


「生きて復讐してやる……。わたしをおとりにしたあいつらを……絶対、ぜったい許さない……っ!」


 ミアは余力で片目を押し開いてわずかな光を求めた。

 しかしその瞬間、耳の近くで聞こえた肉を噛みちぎる鮮明な音と脳に響いた衝撃に、ミアは動きを止めた。伸ばしかけた腕が硬い地面にたたきつけられる。


 ミアの絶叫はぴったりと途絶えた。


 その後もモンスターの捕食はしばらく続いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ