閻魔な出会いは突然に
「小夜ちゃん、もう今日はあがってもいいよ。おつかれさん」
18:45定時より15分巻いてあがる事が出来た。今日は私の推し作家[文車曜日先生]の新刊発売日なのだ。店長に挨拶して店を出ると同時にスタートダッシュを切る。今日は午後まで大学の授業とサークル、その後すぐバイトの超ハード日であったためこの時間まで書店に立ち寄ることが出来なかったのだ。
「頼む…残っててくれぇ」
そんなことを呟きながら走りついに橋まで差し掛かった。
(ここを抜けたらあとちょっと)
元運動部の脚がギアを上げる、はずだった。
「うっ、うぅ…たすけて、くれ」
橋の下から呻き声にも近い声が聞こえた。子供の頃から
『困っている人は助けろ。でなけりゃ閻魔様に連れていかれるぞ』
なんて教え込まれた私が無視できるはずもなく、気がつけば橋の脇にある階段を降りていた。橋の下、その薄気味悪い暗がりには薄汚れた服に身を包んだ中年の男性がうずくまっていた。
「大丈夫ですかっ」
息を切らしながら声をかける。思ったより体力が落ちていたようでそれ以上言葉が出てこない。
「心配、してくれて、ありがとう。でも、もう、大丈夫、だよ」
途切れ途切れ言葉を紡ぐと男はこちらを向いた。それと同時に体がどんどん肥大化していく。街灯の光を浴びてはっきりと姿が見えてくる。焼け爛れたような肌には焦点のあっていない目がついており、鋭い歯が螺旋状に連なる口を大きく開く。
「だって、君が、来てくれたから、ね。いただき、ます」
逃げようにも足がすくんで思うように動けない。
(私…死んじゃうの?)
化け物は頼りない足取りで、しかし確実に私との距離を縮めてくる。頭の中が真っ白になったその時、美しい少女の声が響いた。
「頭を下げよ!」
私は咄嗟に頭を抱えてしゃがみこむ。その直後、轟音と共に頭上を何かが通り抜け化け物へとヒットした。恐る恐る目を開けると先程の化け物は燃え上がり、みるみるうちに崩れ落ちた。
「まったく、地獄の管理はどうなっとるんじゃ。大丈夫じゃったか」
少女は私の前まで来ると白く透き通るような小さい手を差し出した。赤いメッシュの入った黒髪が2月の冷たい風にたなびいている。
「貴女は、だれ、ですか」
回らない頭で何とか言葉を絞り出す。
「妾は閻魔大王にしてお主の護り人じゃ。よろしく頼むぞ、小夜」
なんで私の名前を?というか閻魔大王?護り人?全く状況が掴めないまま差し出された手を掴んで立ち上がる。
彼女に手を引かれるまま河原にあるベンチに腰掛ける。彼女は宝石の様に美しい紅色の目を私の方に向けた。私も彼女の方を向いて頭を下げる。
「さっきは助けていただきありがとうございました。えっと、状況が分からないんですけど、閻魔様なんですか?それに護り人って?」
「まぁそういっぺんに聞くでない。順番に答えてやる」
そういうと彼女は立ち上がり、私の前で腰に手を当ててポーズをとった。
「妾は閻魔大王である。先代のだがな。其方に心を救われて以降、恩を返すためずっと探しておったのだ」
ハテナマークが頭の中いっぱいに広がる。確かに困っている人は助けろって言われてきたけど…閻魔様なんて助けた覚えないよ!
「えーっと、人違い…じゃないですか?」
彼女が少し寂しげな表情で俯く。
「覚えて、おらぬのか」
何か言ったようだが近くにある小さな滝の音に掻き消され、上手く聞こえなかった。
「あのー、どうされました?」
「いや、なんでもない。とにかく人違いなど有り得ぬ。其方が覚えておらぬだけじゃ!」
そんな強引なことある!?人違いにしか思えないのに。
「とにかく!妾は恩返し、つまり悪しき妖から其方を護るために閻魔大王を辞めこの現世へと舞い降りたのじゃ」
「よく分からないですけど、とりあえず護ってくれるってことですよね」
「うむ、そういうことじゃ。それでは帰るぞ、小夜」
なんか向こうのペースに乗せられた気がする。よく分かんないけど、無条件で危ない人から護ってもらえるなら案外良いのかも。この時はそう楽観的に捉えていた。
第1話お楽しみいただけましたでしょうか。拙い文章ですがこのシリーズを応援していただけると幸いです。さて次回予告に参りましょう。次回はなんと閻魔様がアルバイトに挑戦いたします。地獄の管理者であった経験は現世においても活きてくるのか。そもそも、閻魔様が雇ってもらえるのか。ご期待ください。