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ウィルヘルムとの早朝格闘訓練を終えて、寝起きのまま茶化しにやって来た小柄な変態こと花乃をボコることに失敗した俺は、食堂で朝食を取ることにした。窓際の席からは、見渡す限りの太平洋を一望できて絶景だ。
対魔法少女戦を一手に担う超法規・超国際組織『ドロシー』の日本方面支部は、静岡から一五◯キロだか二〇〇キロだか沖の北太平洋の海上にある。外観は洋上プラントによく似ている。それらを三つ繋ぎ合わせ、ハニカム構造で堅牢堅固にした鋼鉄の要塞、といった感じだろうか。
魔素や魔法少女を研究し、魔銃や各種デバイスを開発している研究開発区画。
全世界の魔素濃度を観測し、各国の魔法少女発生状況や交戦内容をモニタリング、そして俺たち現場組とリアルタイムで連携・バックアップしてくれている作戦司令区画。
各種職員が寝起きし、コンビニなどの商店や娯楽施設もあって、もはや小さな街の様相を呈している居住区画。
以上三つが連結通路で繋がっていて、各プラットフォーム間は徒歩や車、ヘリなどで移動できる。
例外として、『対魔法少女戦闘員』——通称『猟犬』の居住区は、作戦司令区画に存在する。そんな中でも俺たち『ジェム適合特別戦闘班』——所謂『魔砲使い』は、作戦司令本部に隣接した所にそれぞれに個室が与えられる形で居住区画が設けられている。一応作戦の要だし、数も少ないからね。
割と高待遇なので、基本的に食事は部屋に運びに来てくれるものらしいが、俺たちトリガー班はそれを断って、他の『猟犬』や作戦司令部職員達と一緒に食堂を利用している。
円滑な仕事は、円滑なコミュニケーションの上に成り立つ。古い考えなのかも知れないが、好意的な関係を割と簡単に形成する方法は、一緒に飯を食う事だと思う。自然と会話の機会が生まれ、お互いに『ああこの人も生きている人間なんだ』と確信し合えば、軋轢も生じ難い。
お互いに背中と命を預け合ってるんだから、仲良くやりたいもんだね。
「私とも円滑……もとい潤滑なコミュニケーション取りましょうよ。濃密なやつ希望」
「潤うな。乾いて蜘蛛の巣生えて死ね」
丸型のテーブルの向かいの席で食事をサンドイッチをパクついている変態、花乃に言葉を投げつける。小柄な癖に中々の食べっぷりで見ていて気持ち良いが、発想と発言が気持ち悪い。
ウィルヘルムは元軍人らしく早々に食事を終えると、自室へ向かっていった。日本はドイツより七時間程進んでいるので、祖国の嫁さんが眠ってしまう前に愛を囁きに行ったのだろう。イッヒリーベディッヒってか。
「そうだ。『あの娘』の来歴、貰ったので。珠緒くん宛に送っておきました」
「……ああ、悪い。助かる」
小動物の様に頬を膨らませながらサンドイッチを咀嚼し、嚥下した花乃が、鳶色の瞳を少しだけ伏し目がちに言う。俺もボロネーゼを食べ進める手元を止めて答えた。
あの娘——昨日殺した、『菓子の魔法少女』に成り果ててしまった子の事だ。
俺は、一応割り切っている。つもり、多分。まあウジウジウジウジ悩んでいるし、一生振り切ることは無いんだろうけども。
魔法少女病を発症するという事は、無差別殺戮を繰り返す生きた災害になってしまうという事だ。本人に罪は無いからこそ、早急かつ冷徹に対処する。
発症した少女達は、魔素汚染で崩壊していく身体を魔法で修復、更に崩壊・修復という、終わらないループが生む肉体的苦痛と、欲望に起因するトラウマや自分の行いを追体験させられ続ける精神的苦痛で発狂しているのでは、と推察する学者の提言を読んだ事がある。本当かどうかはまだわからないが、もしそうならあまりにも残酷過ぎる。出来る限り速く楽にしてやりたいとも思っている。
それでも、『菓子の魔女』も、そうなってしまう前はただの女の子だったんだ。
たとえ『なにか』によって『欲望を歪んだ形で叶えられた』としても。そもそも欲望なんぞ誰しも持っているし、咎める様な物じゃない。
俺も花乃も、魔法少女病に家族を奪われた。他の何よりも魔法少女病が憎い。
だけど、その魔法少女たちでさえ、魔法少女病の被害者なんだ。
だから、俺と花乃は自分たちの手で殺めた魔法少女について、毎度知り得る限りの情報を貰うことにしている。
彼女達がどんな風に祝福されてこの世に生まれたのか。
彼女達がどんな風に世界を見て、成長してきたのか。
彼女達が何と葛藤し、何を愛し、何を望んだのか。
きっと赦してはもらえないので、謝ることは絶対にしない。
それでも尚、死した彼女たちの魂の安寧を願わずには居られないのだ。