#1 捨てる
電気が明滅する。
「新しい靴が欲しかったの。こんな汚いの、やだ」
リリアが駄々をこねる。
薄汚れた運動靴。黒ずみ、中の布地が擦り切れている。
「赤いやつがいい。リボンがついてる。きれいなやつだよ!」
新しい靴。赤くて、リボンがついた、可愛いやつ? それが欲しいって?
そんなのわかってる。私だって欲しい。
でもどうやってそんな靴が手に入るっていうの。リリアは何もわかってない。
私達が手に入れられるのは、誰かが使い古して、不要と見なしたゴミだけ。それを拾い漁るのはとても浅ましくてみっともないけど、それが、最も簡単な方法なの。
あんたの足に合うようなのが捨てられていただけでも、幸運なんだよ。
「ごめんねリリア」
謝った。
むろん、それでこの子の望む靴が出てくるわけでも、気が収まるわけでもない。
「機嫌、直して」
「こんな靴やだよ……」
「じゃあ一緒に探そう。お姉ちゃんもね、新しいのが欲しいんだ」
私の言葉にリリアは目を輝かせた。
「リリアの靴、ある?」
「あるよ。きっとね」
「じゃあ行く!」
私とリリアは手を取り合って、外に出た。
路地をどこまでも進む。ゴミの打ち捨てられた、淀んだ道を。日の当たらぬ陰りを中を。
けれども、靴なんてあるわけない。リリアの望む靴が、その辺に都合よく落ちているわけ、ない。
ここには薄汚いゴミと空気があるだけ。
いつもは、もう少しだけマシな場所まで出向く。向けられる白い目も憚らずにゴミを漁る。それでも靴が二足揃って拾えるなんて、そうあることじゃない。
綺麗なものは対価を払って買わなくちゃ。
リリアはわかってない。
「ないね、どこにも」
隣で疲れた顔をする。足が痛むらしい。あげたボロボロの靴は、まだこの子の足には履き慣れない。
「あのね、リリア。リリアが欲しがってるような靴が手に入る、良い方法があるよ」
私の言葉に、はっとして顔をあげる。
「どうしても欲しいよね?」
「うん」
「その靴は嫌だよね」
「うん、やだ」
「欲しいなら買えばいいんだよ」
リリアは首を傾げた。
「お金ないって、お姉ちゃんいつも言ってるじゃん」
「稼げばいいんだよ。だから、その方法を教えてあげる。リリアならできるよ」
私には無理だったけど。
リリアの手を引く。好奇心と怪訝のないまぜになった顔を見て、少し歩みが鈍るけど、それでも、止まる気はない。
いくつも道を曲がる。薄汚い建物が続く道を。
「お仕事すればいいの?」
「そうだよ。たくさんお金がもらえるの。欲しい靴だって買える。もしかしたら、わざわざ買わなくても履かせてもらえるかもしれないよ」
「え、それってすごいね!」
実際はどうだか知らない。
でも、ないこともないのかも。
どっちでもいい。
ただ私は、捨てるだけ。
「ほらリリア、着いたよ」
「……ここ、なーに?」
「ここでお仕事するんだよ」
捨てたものが、誰かに拾われるだけだから。
あれから、とても身軽になった。自分のことだけ考えていればいいというのは、なんて気楽だろう。
何にも邪魔されない。
お金も食べ物も余分に消費することはない。
全部自分の好きにしていい。
私の足には下ろしたての靴。この靴を履いて、今日もあの人のところに行く。
でもその前に仕事だ。前と違って長い時間働けるし、内容も私に合ってる。働くのが、前より好きになった。
あの子はどうしてるだろう。
あの子も、新しい靴を履けたかな。綺麗な服を着せてもらえたかな。……そんなことは、なかったのかな。
何を考えても、意味はない。
捨てたものを拾うつもりは、もうないのだから。