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全裸で本領発揮

作者: 佐伯 岡

 人の心が読めたらいいのに。

 そう思ったことはないだろうか。

 古今東西、どんな物語でも、人の心が読める人間は忌み嫌われたり、その能力を活かして巨悪と戦ったり、人を助けたりするものだ。つまり、人の心が読めるということはそれだけ稀有でドラマティックなことなのである。


 そしてこの俺、杉下夏樹、16歳高校2年生。

 何を隠そう、人の心が読めるスーパー高校生とは俺のことだ。

「マジでありえん能力なのになんの役にも立ってねぇのクッソウケる」

 幼馴染で親友の殿伊由良こと親愛なるトノは俺の部屋で俺のゲームをしながら俺のウルトラ能力を鼻で笑いやがった。

「神が与えたもうギフトになんてことを」

「神様性格悪すぎ説」

「否定できないごめんね神様」

 トノが慣れた手つきでコントローラーを操ると、俺の操るキャラクターはいつの間にか場外へ吹っ飛ばされていた。何が起きた。

「相手の心を読むための条件が、自分が全裸であることって、現代社会で使い道ねぇじゃん」

 トノは勝ち誇った顔でコントローラーを放り出し、ベッドを背もたれに倒れ込む。そのまま脇に置いていた漫画を手に取った。

 勝手知ったる我が家すぎて一瞬ここが自分の部屋なのかトノの部屋なのか脳みそが混乱した。

「恥という概念が生まれる前の時代なら俺が無双してたね」

「んな原始の時代に人の心読んだところで何になるんだよ」


 そう、俺の『人の心を読む』というスペシャルな能力はその強力さゆえに代償も大きいものだったのだ。

 それは、『全裸の時にしか発動しない』というもの。

 一糸でも纏っていたらダメなのだ。

 腰にタオルを巻いてもダメ。靴下片方でも履いてたらダメ。前髪をヘアクリップで留めているだけならセーフだった。

 まったく、なんて使いにくい能力だ。

 まぁ、人の心の内を覗くなんて、相手を丸裸にするも同然。それならば、こちらも全てを曝け出す覚悟が必要ってこと、かな。


 ふざけんな。


 全裸でお外に出たら即警察のお世話になるこの時代で、この代償はデカすぎるだろう。

 せいぜい修学旅行の風呂で『今頃女子も風呂入ってるのか、やべぇな』とか『あいつのちんこデカくね?』とか、そんななんのドラマも生まれない声を知ることが関の山。しかもその心の声、口にも出てるから。お黙り。

 さらに言えば、心の声を聞くためには相手を視界に入れておかなくてはいけない。

 これじゃあ殺人犯の思惑を見抜くことも、どこかから聞こえてきたSOSを聞いてピンチに駆けつけることも、まことしやかに囁かれる凄腕恋のキューピッドになることもできやしない。

 そう。俺はスペシャルな能力を持っているにも関わらず、ほぼ普通の男子高校生なのだ。


「なぁ知ってるか、トノ。この世界にはヌーディストビーチなる場所があるらしくてな……」

「そこに篠崎菜々子を呼び出そうってか」

「ババババッカ野郎、篠崎さんの裸体を不特定多数に晒せるかよ」

「じゃあお前が1人で全裸になって篠崎の前に飛び出んのかよ。そりゃいいな、篠崎の心読んで完璧な愛の告白でもしてやりゃイチコロだぞ。お幸せにな」

「その興味ない具合もうちょい隠してくんない?」

「悪りぃな。お前のそのトイレットペーパーよりも役に立たねぇ能力も、嬉し恥ずかし片想いも、欠片も興味ねぇんだわ」

「そんな正直なところがお前の魅力だよトノこのクソ野郎」

 腹立ち紛れに漫画を読んでいるトノの肩を軽く殴ったら、倍以上の威力で蹴り返された。

 この愛すべき幼馴染はマジで容赦がなさすぎる。そのくせ黙っていたらまぁまぁ顔が整っているものだから、影で女子にキャッキャ言われているのもムカつく。まぁ、口と態度がクソ悪いから恋人という概念からは縁遠いみたいだけど。

 ちなみに俺はエクセレントな能力を持っているけれどそれ以外は、顔も身長も性格も平凡街道まっしぐらのクラスでも目立たない存在だ。特徴という特徴が能力に全振りされたかのようだ。だったらもう少しマシな能力にしてくれ神様。

 そんな平凡男子にも輝く笑顔を見せてくれるクラスの女神が篠崎菜々子さん。

 落ち着いていて、誰にでも優しくて、笑顔が可愛くて、天使が地上に舞い降りたのかないやもしかして女神ご降臨?

 男子という男子から憧れの視線を向けられる彼女の心を射止めるには、並大抵の努力では足りないだろう。

 それならちょっとズルして彼女の心を読んでしまいたいと思うのは思春期男子なら当然の欲求ではないだろうか。

 そして、俺にはその能力が、ある!

 しかしそれには彼女の前に全裸で飛び出していかなくてはいけない。諸刃の剣がすぎるだろ。

「今日もさ、朝の教室で篠崎さんにおはようって言われたんだよ。そりゃもう完璧なおはようだった。声のトーンから笑顔まで完璧。朝の権化かってくらい輝いてたね。あなたが朝日か」

「夏樹」

「なんだよ」

「テメェは挨拶ソムリエか。毎日毎日篠崎の挨拶評論ばっかり垂れ流しやがって」

 うっ、さすが幼馴染、痛いところを突いてくる。

「挨拶以外の会話してきたら聞いてやるよこのウルトラヘタレ」

 鼻で笑うついでに読み終わった漫画で顔面を叩かれた。痛い。

「これ続きは?」

「……これだよ」

 一番ダメージを受けた心をさすりながら本棚から続きを出して渡してやる。

「サンキュー」

 トノはそれを素直に受け取るとまた漫画を黙々と読み出した。

 正論でメンタル刺してくるけれど、お礼がきちんと言えるところが好きだぞ親友。





「給湯器が壊れちゃってしばらくお風呂使えないのよ。悪いけど銭湯行ってくれる?」

 あっけらかんと言い放った母は、俺の能力をもちろん知っている。

 それでも息子に銭湯という場を提案しなくてはいけないくらい、我が家の風呂事情は切羽詰まっているということだ。

 いいだろう、行ってやるさ。

 どうせ近くの銭湯の主な客層は考えたことがそのまま口から出てるような豪快な爺さんたちばかりだ。広いお風呂大好き。

 いそいそとお風呂セットを小脇に抱え、近所のじいさんばあさんたちの社交場となっている銭湯『梅の湯』へと向かった。

 くっ、俺の能力が抑えられないぜ。



「『あー、腰が痛ぇなぁ』」

「『やっぱり孫は無条件にかわいいよなぁ』」

「『あそこの医者ヤブじゃねぇか?』」


 心の声と実際の声が綺麗に重なる。

 裏表のないじいさんたちで大変素晴らしい。

 湯船でむっつり黙っているじいさんの心を読んでみれば、次の句会で詠む俳句を考えていた。名句が生まれることを祈ってるぞ。

 銭湯で偶然会った男の不穏な心の声を聞いてしまった俺が壮大な事件に巻き込まれる展開……は期待できそうもない。

 都会の真ん中にあるお洒落な銭湯ならそんなドラマも産まれるのかもしれないが、地方都市の片隅にある地域密着型銭湯で聞こえる事件なんて、せいぜい不倫くらい。そこは夫婦間で乗り越えていただきたい。

 しょっぱいねぇ。

 グレートな能力を発揮できる環境にありながら、ほぼ普通の男子高校生である俺は大人しく熱めの湯に肩まで沈み込んだ。

 あー、天国。

 両手足を投げ出して、鼻歌でも轟かせてやろうかと考えていると、珍しく若い男が入ってきた。

 自然と視界がその男を捉える。

 あれは、隣のクラスのモテ男、千葉蓮くんじゃないか?

 千葉蓮といえばサッカー部エースで運動神経抜群、頭も良くて性格も良くて何より顔がいいパーフェクト王子として校内で有名だ。

 さすがサッカー部で鍛えてるだけあって腹筋バキバキの千葉くんがわしゃわしゃと頭を洗っている様子をなんとなく眺める。なんのシャンプー使ったらあんなサラサラヘアになるんだろうな。

 そこかしこで反響するお湯の音が邪魔だけど、まぁいっちょ心でも読んどきますか。イケメンだし。

 少し距離があるので聞き取りにくいが、他の声をシャットアウトするために千葉くんの方へ意識を集中する。

『家の風呂が壊れるとか、ついてないよなぁ』

 まさかの千葉家の風呂も壊れてた。親近感。

『他人ばっかりいる風呂ってなんか落ち着かないし』

 人気者は思ったより繊細らしい。これまた親近感。

 そういえば、今長い手足を泡だらけにしている千葉くんは、いい匂いがすると女子たちが騒いでいた。洗い方にコツとかあるんだろうか。

『さっさと帰るか』

 割と豪快に全身の泡を流し終えた千葉くんは湯船の方に視線を向け、俺と、目が合った。

『あっ、隣のクラスの……えっと……確か……あー……』

「どうも。隣のクラスの杉下夏樹です」

 フォローなら任せてくれ。

 片手をあげて軽く会釈すると、千葉くんはほっとしたような顔をして湯船に入ってきた。

「こんばんは杉下くん。ここよく来るの?」

「うちの風呂が壊れたんだ。しばらく銭湯通いだよ」

「マジで? うちもなんだ」

 快活な笑顔が眩しい。これは名前も覚えてない同級生に振る舞っていいレベルの笑顔なのだろうか。さすが千葉くん、いいやつ決定だ。

「千葉くんも家この辺なの?」

「うん。家から一番近い銭湯がここだった。初めてきたけど。杉下くんはよく来るの?」

「来たのは結構久しぶり。まぁいつも年寄りしかいないから、もっと気楽にしてればいいよ」

「あはは。実はちょっとそわそわしてたんだけど、バレてた?」

 バレてたというか心読んだんだけど。自分のちょっと情けない部分も爽やかに認めてみせるその度量、噂通りかっこいい男じゃないか。

「千葉くんと裸の付き合いしたなんて、全校生徒に羨ましがられちゃうな」

「全校生徒は大袈裟でしょ」

「いやいや、千葉くん人気はうちのクラスまで轟いてるよ。ところで千葉くん好きな人とかいるの?」

「へっ!?」

 思ったより素っ頓狂な声を上げた千葉くんをまじまじと見つめる。

 多少唐突だった自覚はあるが仕方がない。こんな人気者の好きな人とか、今じゃないと一生知る機会は来ないだろう。俺は俺の能力を活用させてもらう。

『びっくりしたー。そういえば杉下くん、篠崎さんと同じクラスか』

 ん?

 篠崎さん?

『まさかオレの好きな人バレてんの!?』

「えーっと、突然どうしたの?」

「いやぁ、千葉くんといえば有名な人気者だから、そんな人の好きな人ってどんな人かなぁと。あっ、もしかして彼女いる?」

 動揺してやや早口になっているのを自覚しながら、千葉くんから目が離せない。

 熱めの湯のせいではなく汗をかいてきた気がする。

「彼女はいないよ」

『オレの好きな人が篠崎さんってことはバレてないっぽい?』

 確定だ。

 目の前が真っ暗になる。

 女神が如き篠崎さん、ライバルが多かろうことは知っていた。けれど、そのライバル群の中にこんな顔も性格もいい王子が混ざっているとは思わんだろ。

 あらゆる角度から考えてみてもお似合いだ。

 絶望。トノの俺を憐れむ顔がリアルに想像できる。絶対笑ってるだろあいつ。

「へ、へー。彼女いないなんて意外だなぁ。告白とか毎日のようにされてるんじゃないの?」

「毎日は言い過ぎだよ」

 告白されてはいるんかい。

「そういう杉下くんは、彼女いるの?」

「いいいないよ! いるように見えた!? それはありがとね!」

「な、なんか、ごめんね?」

「い、いや、こっちこそ突然ごめん」

 絶望と嫉妬と想像上のトノの嘲笑に混乱して取り乱してしまった。

 いやでも、冷静に考えてみればこれはチャンスだ。千葉くんはまだ篠崎さんと付き合っていないし、自分の好きな人が俺にバレてしまっていることも知らない。

 この状況、うまいこと活用すれば俺にだって勝機は見えてくるんじゃなかろうか。

 千葉くんを制すればあとは有象無象。時間をかけて篠崎さんと仲良くなっていくだけだ。


 ならば、先手必勝。攻撃は最大の防御。攻めるが勝ち。


「実は俺、同じクラスの篠崎さんが好きなんだ」

 唐突な俺の告白に千葉くんが目を丸くする。

 これぞ、伝家の宝刀『牽制』だ。

 先に好きな人を告白されたら、たとえ同じ人が好きでも言いづらくなる心理を利用させてもらった。これで今後千葉くんが篠崎さんと急接近しても、なんとなく俺に罪悪感を抱くだろう。心理面からプレッシャーをかけさせてもらう。

 それにしても、トノ以外に初めて宣言した。

 なんだか胸がドキドキするし、背中がムズムズする。

「杉下くん……。じ、実はオレも、篠崎さんのことが好きなんだ」

 千葉くんが端正な顔を赤らめながら、俺の目をまっすぐに見据えて真面目な顔を向ける。

 不覚にもドキッとしてしまった。俺が女子だったら心臓発作で今頃浴槽に浮かんでいたことだろう。

 それにしても、後手に回っておきながら、自分も同じ人が好きだと宣言するなんて、俺のような地味キャラは敵にもならないということか!?

『杉下くんが秘密を打ち明けてくれたのに、オレだけ隠すのは違うよな。ほぼ初めて話すオレにこんな大事なこと話してくれるなんて、杉下くんとは堂々と戦いたい』

 い、いいやつ!

 卑屈な考えでいてごめんね!

「そそそそうなんだ! かっかわいいもんね、篠崎さん」

「うん。誰にでも笑顔で挨拶する所とか、素敵だよね」

「わ、わかるー!!」

 わ、わかるー!!

 今ここで俺の心を読んでもらったら、思考と口に出した言葉がピッタリ重なっていたことだろう。

 さすが千葉くん。わかってる。

「篠崎さんの挨拶って完璧だよね。笑顔もだけど声のトーンもはっきりしてるし、しっかり目も合わせてくれるから自分に挨拶してくれたんだなってわかりやすいし、あの挨拶をされて不快になるやつなんて存在しないと思うんだ。むしろ晴れやかなになるね、さながら空気清浄機!?」

 ここまで一気に喋り倒してから、ハッとする。

 篠崎さんとの会話が挨拶くらいしかない俺と違って、人気者千葉くんは篠崎さんともっとお話ししているはずだ。

 そんな遥か高みにいる人間からしたら、俺の挨拶ソムリエ具合なんて失笑ものなのではないだろうか。

 千葉くんはそんな人間じゃないと思いつつ、トノにブッ刺された心の傷がまだ癒えていない俺は、恐る恐る彼の表情を伺う。

 恐怖と疑いに満ちた俺の視線を受け止めた千葉くんは、蒸気した頬と色気滴る濡れ髪で微笑んだ。

「わかるよ」

 わ、わかってもらえたー!!

 少しでも疑った自分を許して欲しい。やっぱり千葉くんは挨拶ソムリエを蔑むような人間じゃなかった。篠崎さんを好きな人間に悪い奴はいないよな。心の友よ!

 テンション急上昇。興奮する心を少しでも宥めるためにお湯をピチャピチャと弾いていたら近くのじいさんに怒られたので大人しく謝った。篠崎さんを好きな人間として他人様に迷惑をかけていいはずがない。大変失礼した。

「それでさ、篠崎さんなんだけど……」

『ちょっとのぼせてきたから出たいかも。でも、杉下くん楽しそうだし、オレも篠崎さんの話聞きたいしなぁ』

 そんな声が聞こえてきて、思わずざっぷんと立ち上がる。

 お湯が盛大に波打って、近くのじいさんが溺れかけた。大変失礼した。

 突然立ち上がった俺を見て驚いた顔をしている千葉くんに、声をかける。

「えーと、そろそろのぼせちゃいそうだし、出ない?」

「そだね。オレものぼせそう」

 千葉くんはちょっと困ったように笑って、俺と一緒に立ち上がった。

 ゆっくり歩いてくる千葉くんを置き去りにしてさっさと脱衣所に向かう。


「あ、千葉くん、ここのベンチ空いてるから座りなよ」

 ゆるく回る扇風機の風があたるベンチに腰タオル姿の千葉くんを座らせる。

「銭湯あんまり来ないって言ってたよね。風呂上がりは水分だよ」

 古き良き瓶牛乳を千葉くんの手に握らせる。 

「汗がひいてから服を着るのがおすすめ」

 牛乳だけでは足りないかもしれない、一応ペットボトルの水も渡しておいた。


「ありがとう」

 うまそうに牛乳を飲み干した千葉くんが物珍しそうに瓶を眺めているから、瓶を返す場所も教えてやる。

『杉下くん、すごくいい人だなぁ……全開だけど。もしかして、銭湯では普通なのか?』

 そう、俺のスーパー能力は一糸纏わぬ姿でないと発動しない。心の声を聞くためには、腰タオルさえも許されないのだ。

 俺だって脱衣所でいつまでも全裸でウロウロしたくない。周囲がじいさんばかりといったって羞恥心はあるのだ。腰にタオルくらい巻かせてほしい。けれど、のぼせても我慢して篠崎さんトークを聞いてくれる優しい心友のため。

 俺は生まれたままの姿で千葉くんの前に立ちはだかる。

「千葉くん」

「なに?」

「体調は悪くない?」

「『ありがとう、大丈夫だよ』」

 よかったー!!

 本当に大丈夫なようだね!!

 安心して腰にタオルを巻くと、心の声はピッタリと聞こえなくなった。

 きっと千葉くんは今頃『あ、やっぱりタオル巻くんだ』とか思っていることだろう。知らんけど。

「杉下くん」

「どうした?」

「今日は色々とありがとう。杉下くんと話せてよかったよ」

「こちらこそ、篠崎さんの話ができてめっちゃ楽しかった。また話そうよ」

「いいね。恋バナだ」

 そう言って千葉くんが笑うものだから、なんだか鼻の奥がツンとした。目頭が熱い。

「杉下くん!? どうしたの!?」

 ボロボロと人目もはばからず涙を流す俺に困惑したように千葉くんがオロオロと立ち上がる。もちろん腰に巻いたタオルで涙を拭うわけにもいかないから、俺はぐいと拳で涙を拭った。

「こんなに篠崎さんトークできる友達初めてでさぁ。トノはロクに話聞いてくれないし。嬉しくて……俺たちもう、心の友と書いて『しんゆう』と呼んでも差し支えないんじゃないかな!」

「こころ……しん……?」

「お前のこと蓮って呼ぶからさ! 俺のことも夏樹って呼んでよ!」

「う、うん……えっと、夏樹?」

「おう! これからよろしくな! 蓮!」

 俺は千葉くん改め蓮の手をがっしりと握ると、大きく振り回した。

 最初はなぜか戸惑っていたような蓮も、最後には堪えきれないというふうに笑い出して、俺の手を同じくらい振り回してきた。

 片やサッカー部エースの腹筋バキバキイケメン、片や平々凡々な控えめボディ。

 そんな2人が笑いながら腰タオルで握手を交わしているものだから、仕舞いには番台のじいさんにいい加減に服を着ろと馬鹿デカ声で注意された。

 

 人の心が読める。ただし全裸の時のみ。

 こんな思春期の恋を助けてもくれない能力、あってもなくても同じだと思っていた。

 けれど、この素敵な能力のおかげで、俺は最高の恋のライバル兼心友に出会うことができたんだ。

 まったく、神様もにくいことをしてくれる。

 篠崎さんがこの先どちらと付き合うことになっても、俺たちの友情は不滅だぜ。

 

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