序章
悪行と罪科、増悪と邪悪に満ちたこの世界で
死を望む少女と海賊の運命の物語。
このお話には暴力や残虐な描写、性的描写が含まれます。苦手な方はご遠慮下さい。
"死にたい"と思う。
それはふとした瞬間にやってくる。
ご飯を食べてる時、湯船に浸っている時、眠りにつく前。
カメラのフラッシュのように一瞬だけれど、それは確かにやってくる。
別に死を切望するほどの、耐え難い苦痛に苛まれているわけでもないので、これはただの簡単な算術に過ぎないのかもしれない。
2-1=1の様に、生きる理由がないから死にたい。
私の脳内の無意識の領域が、勝手にそう計算して、この答えを出しているのだろう。
だから、この感情が頭をかすめるたびに
私はびっくり箱でも開けたみたいに、ビクッと体を震わさずにはいられないのだ。
私は物心がついた時にはもう、この島に住んでいた。
島には、海岸に沿って見上げるほどの大きく競りたった黒岩が、その岩肌に海藻や木屑をべっとり着けながら、隙間なく整列している。
この黒岩の行列は島をぐるっとひと回りして、鉢合うところには幅200m、高さが黒岩ほどある、巨大な木造の扉がたてつけられている。
この扉は島の唯一の出入り口で、漁船や商船が来航した時のみ、開錠されるのだ。
もちろんこれらは全て人工物。
この辺りの海は気性が荒く、天候問わず、まるで小山の様な波が絶え間なく打ち寄せる。
大口を開けて島を飲み込もうとする海から身を守るために、先住民達が島の山を打ち砕き、この堤防を完成させたのだった。
私は黒岩の隙間から海をチラッと垣間見たことがある。けれど、まるで洗剤をこぼしたようなボコボコとした、白い泡が見えただけで、それよりも岩の向こう側から聞こえる、おぞましい咆哮に全身の毛が総立ち、寸時もその場にいられなかった。
こういった土地事情もあり、年々人口が減って、今では島のあちこちで、草木に侵食された廃墟が主人の留守を物悲しげに語っていた。
そんな荒れ果てた島の中に、パッと人目を引く赤レンガ造りの艶やかな洋館が佇んでいた。
草木のアーチに迎えられ、ひと度その門をくぐれば、視界いっぱいに広がるアイリスの花。
島の生気を吸い付くしたかと思われるほどに、その館だけは活気に満ち満ちていた。
私はその館に住んでいる。
どこかの商人が持ち寄った、淡い若草色のフィッシュテールドレスを身に纏い、本を片手にバルコニーで読書にふける、文学お嬢様ーーーのお世話役。
一概に世話役といっても、私はこの家の養子なので、サナお嬢様とは義姉妹になるのだけど。
荒れ狂う海に囲まれたこの島で、私は今日も水がとっぷり入ったじょうろを持って、サナさんのいるバルコニーにむかうのであった。